2008年10月21日。兵庫県の北条鉄道の取材に出かけた。あるニュースサイトに寄稿するローカル線再生の企画である。北条鉄道は旧国鉄北条線の頃に乗っているので、全線完乗の記録は伸びない。しかし、この取材のついでに周辺の鉄道に乗りまくろう、という魂胆である。東京・羽田06時40分発のANA411便。朝イチの飛行機に乗った。東京から神戸は微妙な距離で、朝、もっとも早く着こうとすると、夜行バスや新幹線よりも、飛行機の初便のほうが早い。いまさらだが、寝台急行銀河の廃止が痛い。ただ、航空運賃は安くて助かる。東京、関西間は新幹線と競争しているため、予約運賃は1万円ちょっとだ。
ANAの早朝便で神戸空港着。
神戸空港は2年前の2006年に開港した。関西で3番目の空港で、関東で言えば横浜に空港を作るような感覚である。そのせいか、全国規模で空港建設の是非が議論となった。その神戸行きの飛行機に乗っている。270人乗りのボーイング767-300型機は、8割ほどの座席が埋まっていた。ほとんどが背広姿である。意外と乗っているな、と思う。大阪圏の西側だけではなく、姫路方面の瀬戸内工業地域の需要もあるらしい。
411便は定刻より少し早く着陸した。神戸空港は歴史のある国際港の沖にある。ちょっとだけ展望フロアに上がってみた。海に隔てられた向こう側に、神戸の街と六甲山が見える。これからあそこへ行くのだ、と思うと気分が盛り上がってくる。神戸に海から上陸できて光栄だと思う。もっとも、今回は船からではなく、飛行機からではあるけれど、
ポートライナーが海を渡る。
神戸の最初のお楽しみは、神戸新交通ポートアイランド線である。空港ターミナルビルから続くブリッジを渡ったところに駅がある。空港ビルやその関連施設は、機能を重視しつつ、どこか洗練されている。遠方からの旅人を迎える玄関という意味合いもあるからだろう。日常と隣り合わせの鉄道の駅とはちょっと違う雰囲気だ。そんな空港の風景は旅の晴れ舞台のひとつであり、ちょっと誇らしい気分で歩いた。
ホームは1面の島式で、列車とホームの間はガラス張りになっている。転落防止と空調のためだろう。先端に行くとこれから向かう軌道が見える。快晴の空と海の間、船の通行のために嵩上げされた、アーチ状の軌道を新旧タイプの列車がすれ違った。こちらにやってくる列車は旧式で無骨なタイプ、新型は丸みを帯びたデザインだった。私は何でも新しいほうが好きだけど、まあ、いずれ新型に乗る機会はあるだろう。
無骨なスタイルの旧型車両。
飛行機の客は多かったけれど、ポートライナーは空いていた。ビジネスマンたちは訪問先との約束に早すぎて、ターミナルでゆっくり朝食を楽しんでいるのかもしれない。私は少々急いでいるから、到着して折り返す列車に乗って、さっそく先頭車両の運転台の後ろに立った。こんな早朝は、ライバルの子供たちはいない。独り占めして良い気分である。
列車は心地よく加速して、早々と滑走路に別れを告げた。ぐいっと左にカーブ。その先はスカイブリッジという愛称の神戸空港連絡橋である。青い海を渡り、ゆるい勾配を上って降りる。遠くに六甲山が見える。僅かな時間で隣の島に上陸した。ここはまだ埋め立て地、ポートアイランドである。埋め立て地は古くは農地、近代では工業用地、最近は空港建設など、明確な用途目的で建設された。これに対してポートアイランドは、工業、オフィス、住宅、ショッピングセンター、学校などを揃え、『人工島』と呼ばれている。総面積は436ヘクタール。
こちらは新型。
人工島は自然の土地の制約がなく、ただ平たい土地である。ゆえに人々がイチから都市をデザインできた。ポートアイランド線は、そんな未来都市にふさわしい交通機関として作られた。集中制御室で監視、制御する全区間無人運転を実現し、新交通システムの手本となった。無人運転の列車には不安も多かっただろう。初期はトラブルもあったという。しかし、人工島で生活する人々は、都市のすべての技術を信じた。スペースコロニーに移住する時代も、そんな先駆者たちが宇宙へ渡るのだ。
空港側には空き地も目立つ。しかし、ポートアイランド線の沿線は高層の建物が多い。白っぽい、四角いビルが整然と並んでいると、私は何となくウルトラマンが戦うシーンを思い浮かべる。とくに人々が寝静まる夜などは、建物の影から海獣やウルトラマンが出てきそうな気がする。円谷プロが作る町並みは、いかにも人工的な架空の街だった。しかし、時を経て、実際に人口の街が作られる時代になったということか。
ポートアイランドを行く。
人口の街は樹木も多く、低い建物は何かと見れば小学校か中学校らしい。一戸建ての家はさすがにないけれど、私鉄沿線のニュータウンと似たような景色である。これが人工島とは、にわかには信じられない。しかし、決定的な特長がある。ここには坂道がない。そういう埋め立て地の特長は、古くは江戸の下町にも共通している。ポートアイランドは、新しい時代のダウンタウンとして、独自の文化を創っていくのだろう。
真四角な公園の上空を通過すると、右手から別の単線軌道が近づいてくる。これもポートアイランド線だ。開業時のポートアイランド線は、三宮を出発して海を渡り、人工島を周回するルートだった。つまり、右からやってきた支線のような軌道が本来のルートである。ところがポートアイランドのさらに沖に神戸空港が建設されることになり、ポートアイランド線のメインルートは直線的に空港を結ぶ経路になった。
神戸大橋を渡れば本土上陸だ。
そのため、現在のポートライナーは、三宮と空港を直結する系統と、旧来の周回系統のふたつがある。周回部分には5つの駅があり、列車は一方通行である。逆方向に行くお客さんは困ると思うけれど、それぞれの駅は直線的には300メートルから400メートルの距離である。この5駅は徒歩圏だから、そんなに不便ではないのだろう。ポートライナーは人工島と三宮を結ぶという明確な目的で作られているのだ。この周回軌道も乗っておきたいけれど、今回は早く北条鉄道に辿り着かなくてはいけない。残念ながら今日は見送り、後日訪れることにした。
中公園駅で、また周回軌道の分岐点となった。この先の赤いアーチが神戸大橋だ。これを渡ると神戸の桟橋に上陸だ。六甲山を背景に、とんがり帽子やガラス張りなど、様々な姿のビルが見える。赤いクレーンもいくつか見えて、まだまだビルが増えていくようだ。列車は開放的な桟橋を過ぎて、高速道路を潜ってくねくねとビルの森に迷い込む。線路の両側は、やや古い作りのビルが並んでいる。ビルの新旧はガラス面積の大きさで解る。窓ガラスが小さければ、柱の太いビルかホテルである。
神戸のビル群に突入。
大きな通りを越えて、前方に線路群とホームが見えてきた。三宮駅だ。軌道は線路の手前で左に曲がっている。列車は低いビルの腹にするりと入った。車内を振り返れば大勢のお客さんが立っていた。空港からの出張族は乗ってこなかったけれど、途中の駅から通勤や通学の人々が乗ってきていた。三宮駅のホームもあふれそうなほどの人々が立っている。旅の晴れ舞台を出た列車は、人工島の日常の足になっていた。
三宮駅到着。
-…つづく
(注)列車の時刻は乗車当時(2008年10月)のダイヤです。
第301回からの行程図
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