■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。




第1回~第50回まで

第51回~第100回まで

第101回~第150回まで

第151回~第200回まで

第201回~第250回まで


第251回:地下の輻輳
-地下鉄副都心線3-

第252回:A席の客
-ムーンライト信州81号-

第253回:南小谷・旅の時間
-大糸線1-




■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■著書

『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


■更新予定日:毎週木曜日

 
第254回:キハ52で姫川下り -大糸線2-

更新日2008/08/21


まだ糸魚川行きの列車は到着しないけれど、駅前の風景を見飽きたので改札を通った。南小谷駅も白馬駅と似た構造で、駅舎のある1番ホームと、2番3番となる島式ホームがある。この様式は国鉄時代に作られた幹線の中間駅に多く、国鉄型2面3線式と呼ばれることもある。糸魚川行きは2番ホームで、すでに乗車位置に行列ができていた。ここ南小谷駅には2両編成の列車2本分の乗客がいる。糸魚川行きも2両編成だとしたら、早めに並ばないと座れないのだ。時刻表によると、南小谷から糸魚川までの所要時間は約1時間となっている。

しかし私は列につかず、島式ホームを糸魚川方向へ歩いた。長い1番ホームに沿う線路は途中に分岐器があり、短い列車は分岐を曲がって糸魚川へ向かう。直進方向はホームに沿って行き止まりになっている。松本方面から到着した特急電車の長編成に対応させた形だ。見逃しやすいけれど、こういう分岐器の配置は珍しいので写真を撮っておく。


こんなところで旧型に出会うとは!

島式ホームの先端について、再びカメラを構える。糸魚川行きの列車の到着する様子を狙った。乗り鉄の場合、列車の写真は駅のホームの場面が多く単調になってしまう。ここから到着列車を望遠レンズで撮れば、走行中の列車のように見える。「さぁ来い」ファインダーを見つめる。カーブの向こうに気配がある。林の向こうからヘッドライトの光が漏れてきた。新型か、それともかつての特急のお下がりか。

「うわっ、あれか!」。昭和時代の面影の、国鉄時代に作られたキハ52形であった。私が生まれる前に製造されたローカル線用の普通列車用ディーゼルカーだ。車齢40年以上。レトロ調のデザインではなく、レトロそのもの、いや、ロートルと言ったほうがふさわしいかもしれない。

この姿のディーゼルカーは国鉄後期の標準型として全国で活躍していた。平坦線用はキハ20形と言い、ディーゼルエンジンを1基のみ搭載した。キハ52形は山岳路線用に2基のエンジンを搭載している。両者を合わせて1000両以上が製造されたそうで、私の高校時代の旅でもいろいろな場面で乗った。しかし現在も現役で走る車両は全国に10台しかないらしい。こんなところで懐かしい車両に出会えて嬉しくなった。振り返ると並ぶ人々が一様にカメラを構えている。なるほど、大勢いた乗り継ぎ客の多くは鉄道ファンで、この車両が目当てだったらしい。


車体はぴかぴかに磨き上げられていた。

行列に並ばず最後に乗車した私に座席はない。しかし幸いにも運転席の後ろに立てた。視界は悪いけれど、ここからはドアの窓の景色も見られる。車内を見渡せば満席満員だ。4両分の乗客が1両に納まったから当然ではある。ムーンライト信州に合わせて増結してくれたらいいのにと思う。もっとも、2両編成にするために別の車両に交換されたら、この車両が目的の人には意味がないわけで、難しいところである。混雑している中で、お年寄りがちゃんと座席にいることで少々安心する。

高校の制服を着た少年たちが、「今日は何で混んでるの」「なんかあった?」「カメラで撮っとるぞ」と話している。今日は祝日だから、通学ではなく部活動に行くのだろう。ふだんはガラガラの列車が大混雑でびっくりしているようだ。彼らにとっては間違いなく座れる列車のはずだから不満もあるだろう。しかし関心は長続きしなかったようで、すぐに日常の話題に戻った。その会話をディーゼルのエンジン音が消す。


運転席は職人の仕事場。

独特のガリガリという音。それに連動する小さな振動。微かに漂う機械油の匂い。今は冷房が入っているけれど、20年前のディーゼルカーは窓を開けて走っていた。油の匂いはもっと強く、しかしその匂いを窓から入った風が洗っていく。油のにおいが薄れ、草木の発する青臭さが残った。その記憶は大糸線のものだっただろうか。冷房は確かに快適で、私のような汗かきには嬉しい。しかし、清流に沿う列車に乗るなら窓を開けて乗りたい。乗客が少なければ、私は最後尾で窓を開けただろう。

南小谷駅を出たキハ52は谷間をなぞるように下っていく。車窓左手に姫川と千国街道が見えるが、やがて小さなトンネルをくぐって橋を渡り、中土駅に到着。ここからまた長短のトンネルが続き、その合間の鉄橋で姫川を渡る。北小谷駅に付く頃には再び川の右側を走っている。北小谷駅を出てしばらくすると今度は長大な真那板山トンネルに入った。この辺りが大糸線でもっとも険しい区間である。平岩駅を過ぎるとキハ52の歩みは遅くなり、足元を確かめるようにゆっくり進んだ。


姫川を下っていく。

谷は下っているが、姫川が急に曲がっているため線路はついていけず、こちらは鎌倉山トンネルに入ってショートカットした。地図によると川のほうに姫川渓谷と名づけられた場所がある。絶景かもしれないのに、こちらはトンネルで目隠しされたようでちょっと悔しい。ようやくトンネルを出たけれど、今度は雪避けのシェルターの中である。道路もシェルターに覆われている。雪の深いところなのだろう。夏も雨量の多いところで、1995年には豪雨の影響で土砂が崩れ、その後2年間に渡って運休したほどである。蛇行する川に沿い、車窓からは山が左右に動くように見える。ふたつの山が引き戸のように開いて、その間に川と線路と道路を通す。何処でも見られるが、私の好きな谷の車窓である。


山が門のように開く景色。

小滝を過ぎると山裾がなだらかになり、平地が増えてきた。根知駅では対向列車が待っていた。あちらもキハ52で、色は青とクリーム色である。向こう側のホームにもカメラを抱えた人が集まっている。希少なキハ52同士が並ぶ場所だから、車両好きには人気のスポットなのだろう。私は乗っているだけで満足なので動かないけれど、もし空いていれば運転士さんに断って並びの写真を撮ったかもしれない。


糸魚川市街に入った。

渓谷と称されるほど細く曲がっていた姫川は、根知駅を出たあたりから川幅を広げていく。トンネルを抜ければ市街地の始まりだ。頸城大野駅あたりは住宅地で、姫川駅あたりは建物が多く、工場や病院など大きな施設も現れる。北陸自動車道をくぐれば糸魚川の市街地である。左手から北陸本線の線路が近づく。キハ52は速度を維持したまま合流した。およそ1時間の川下りコースが終った。大勢の乗客が降りてくる。その振動でキハ52はすこしだけ左右に揺れる。その様子にカメラを向けると、仕事をやり遂げた船頭のような誇らしげな表情に見えた。


終着駅のキハ52。優しい顔をしている。

-…つづく

第252回~の行程図
2008_252koutei.jpg