川越駅から東武東上線で都心に向かう。このあたりはN君の地元だ。車窓に現れた大きなショッピングセンターを指差して、「あそこでアルバイトをしていました」と懐かしそうに話す。都心のデパートより大きな規模だから、この辺りの高校生はみなあそこでお小遣いを稼いでいたかもしれない。そんなN君も、現在は通信分野の第一線で働く。全国規模のネットワークを担当し、新設や修繕を取り仕切る立場である。「面白かったです。ありがとうございます」、そう言ってN君は自宅最寄り駅の朝霞で降りた。
私も帰路だが、ここからは一人旅という気持ちだ。和光市から池袋に戻って、ようやく地下鉄副都心線の乗車を完遂できる。私が乗っていた電車は副都心線直通の渋谷行きだった。そのまま乗って行けばいいけれど、私はいったん和光市で電車を降りた。なんとなく、副都心線に乗り終えるにあたって区切りをつけたかった。
和光市駅。手前が副都心線用の電車。
奥が有楽町線用の電車。帯の色が違う。
和光市駅は島式ホーム2面4線、10両編成対応の大きな駅である。副都心線の渋谷駅と同じ規模で、こちらは4線とも稼働している。外側の線路が東武東上線。内側の線路が地下鉄からの到着と出発である。トンネルと逆方向に引き上げ線があるので、地下鉄方面の電車はホームで折り返さない。到着ホームの電車は、いったん引き上げ線に行き、出発ホームに帰ってくる。このほうがホームで折り返すより多くの列車を捌ける。
地下鉄方面のホームからは2系統の電車が出発する。ひとつは副都心線渋谷方面。もうひとつは有楽町線の新木場方面である。これらの列車は途中まで同じ線路を共用し、小竹向原駅からそれぞれ別の線路に入っていく。別れたあとも要町駅まで上下に平行し、池袋駅は離れた場所になる。副都心線が和光市から渋谷まで開業した、と説明されているけれど、新規開業部分は池袋から渋谷までだけで、和光市から小竹向原は有楽町線としてすでに開業していた。小竹向原から池袋までは有楽町線新線として開業し、西武有楽町線が乗り入れていた。これら先に開業した路線は私もすでに乗車済みだ。同じ線路だし地下鉄だから景色も見えない。もう一度乗ることもなかったような気がするけれど、少しでも様子が変わったら見物したい。それが鉄道好きの行動原理というものだ。
和光市駅を出た電車はいったん勾配を上がり、東武東上線の下り線路を跨いで下る。しばらく併走しつつ、こちらだけトンネルに入った。地下鉄区間の始まりである。こちらの線路を走る電車は有楽町線だけだったけれど、そこに副都心線が加わって本数が増えて便利になった。しかし、和光市駅から池袋駅までは東京メトロにお客を奪われる形になる。西武線も同様だが、あちらは短い区間だからまだマシだ。東武鉄道は12.5キロという長い区間のライバルである。東武の電車も乗り入れて、協調しているように見えるけれど、心中は穏やかでないだろう。
小竹向原駅。複雑なポイントがヘッドライトで浮かび上がる。
地下鉄は車窓の楽しみがないけれど、副都心線は鉄道好きに取って見所が多い。私は小竹向原で降り、ホームの池袋寄りの端まで歩いた。小竹向原駅は西武線、副都心線と有楽町線が合流分岐する構造だ。ホームは2つ、線路は4本。外側の線路が東武鉄道方面からの電車、内側の線路が西武鉄道からの電車に割り当てられている。東京方面の複雑な分岐器群を使って、有楽町線と副都心線の分離も行われる。しかも双方向に乗り入れる電車がわずか3分間隔で行き交う。全国でも珍しく複雑な運用をする駅である。しばらく立っていると、東武方面から来た電車が副都心線や有楽町線に振り分けられ、同様に西武から来た電車も振り分けられる。4つの路線のひとつが遅れると、この駅を介したほかの3つの路線に影響が出る。鉄道運行技術を誇る日本だからこそ作られた駅だ。
それでも副都心線の開業日から4日間は不具合が発生し、ダイヤが大幅に乱れた。コンピュータ処理が不可能になり、手作業でポイントを切り替え続けた。それもうまくいかなくなって、副都心線は全線運休と言う事態になった。利用者にとっては大迷惑だが、私にはワクワクする事件だった。まるでアクションパズルゲームではないか。ぜひ私も、この駅のポイントを主導で切り替えてみたい。いや、実際には操作させてもらえるはずはないから、この駅だけをゲーム化できないものだろうか。
東新宿駅。通過線側のホームは狭い。
東新宿から池袋方面の分岐器を見る。
小竹向原駅は行き先を3つも選べて楽しい。しかし私は予定通りに副都心線で先に進む。池袋を過ぎ、次に降りた駅は東新宿だ。ここは各駅停車が急行に追い越される駅である。今度はホームの後ろに向かって歩く。島式ホームで通過線側もホームに接している。しかし通過線側はパーティションで塞がれている。ホームドアのような部分もあり、もしかしたら各駅停車と急行の乗り換えも想定していたのだろうか。それにしてはホームが狭いから非常口かもしれない。ホームの端から線路を眺めると、各駅停車が分岐器を曲がって停車し、それから1分も待たずに急行が分岐器を直進して通過していった。見事な采配である。
ひと駅進んで新宿三丁目駅で降りる。ここは新宿のデパート街の真下にあり、買い物客が多い。都営新宿線と東京メトロ丸の内線に接続するので、乗り換えルートとしても重要な駅になった。鉄道好きとしては、ここの見ものは新宿寄りにある引き上げ線である。渋谷側から来た電車が分岐器を曲がって引き上げ選に入り、折り返して反対側のホームに入る。この設備は4年後に東急東横線が乗り入れたときに使われる予定である。西武や東武は本線から分岐して副都心線に乗り入れるけれど、東急は渋谷の終着駅を延伸する格好になる。そのために折り返し設備を設けた。東横線の上り電車は渋谷行きと新宿三丁目行きが設定されるらしい。横浜と新宿、池袋が乗り換えなしで結ばれる。これは湘南新宿ラインの強力なライバルとなるだろう。しかも東横線側は相模鉄道との連絡線を作る予定があり、相模鉄道にはJRも乗り入れる予定である。東京近郊の鉄道地図が大きく塗り替えられようとしているのだ。
新宿三丁目駅。東急の折り返し用の分岐器が見える。
急行で渋谷に戻る。ホームの新宿よりの"お立ち台"には10人ほどの見物客がいた。私もそこでしばらく休憩する。今日の旅は新規乗車区間こそ8.9キロだった。しかし渋谷からの全行程は60キロを超える。地下鉄の冷房で身体の熱が冷めると、本川越の街歩きも楽しい思い出に変わった。副都心線は池袋、新宿、渋谷のデパートを結ぶ路線だと報じられているけれど、渋谷側に住む人が乗るなら、ちょっと足を伸ばして西武沿線や東武東上線沿線を旅してみると楽しいと思う。
渋谷駅。4年間限定のお立ち台が人気。
-…つづく
第249回~ の行程図
2008-249koutei.jpg