JR浜松駅と遠州鉄道の新浜松駅は少し離れている。JRの改札を出てから新浜松駅までのプロムナードはきれいに整備されている。まだ成長しきっていない並木か大きくなれば、木陰の遊歩道になるのだろうと思う。それにしても、静岡県の私鉄はどうしてJRの駅から離れているのだろう。独立心が強いのだろうか。新静岡と違って、こちらは乗り換え客も多い。両駅の駅ビルは繋がっていないようだし、雨の日は辛いと思う。地元の人が知っている地下通路があるのかもしれないけれど。
新浜松駅は改札口が2階にあり、乗り場はさらに上の3階にある。ホームは対向式で線路が2本。ただし、1本は留置線として使われているようだ。そこには27という番号の赤い電車が停まっている。前面が2枚窓で、戦後の電車時代初期に湘南型と呼ばれた形だ。ちょっと懐かしい感じ。てっぺんのヘッドライトが豚の鼻のようで愛嬌がある。旧型車だから、通勤時間の応援で走る以外は休んでいるらしい。
旧型と新型が並ぶ。
私が立っているホームには、前面ガラス張りの新型電車が到着した。角ばった欧風の顔立ちで、赤い車体に白い帯。それだけなら京浜急行モドキだと思う。ところが、白帯は斜め縦にも入って十字を描く。2両編成という短さもあって、スイスの登山電車を想像させる姿である。会社もそれを意識しているようで、運転士さんの帽子の丈が長く、欧風のデザインだ。これはかっこいい。鉄道員の誇りを感じさせてくれる。沿線のこどもは、遠鉄の運転士のキリっとした姿にあこがれるだろう。
この電車の発車時刻は14時48分。新浜松駅の日中の発車時刻は毎時0分から12分毎だ。静岡鉄道の6分間隔には適わないけれど、全線単線の鉄道としてはかなり頑張っていると思う。関東では江ノ電も単線で12分間隔だ。江ノ電は12分間各を実現するために、短い路線なのに信号所をいくつか設置して工夫している。単線の12分間隔は大変なことなのだ。さて、遠州鉄道はどんな工夫をしているのだろうか。
オシャレな帽子。
電車は新浜松を発車すると、助信(すけのぶ)までは高架区間を走る。高架の下は電車通りと呼ばれる道路で、かつては路面電車だったらしい。その道路脇に歩道が整備されていて、歩道には並木が植えられている。その並木の上部が高架とほぼ同じ高さである。車窓は低層ビルが目立つけれど、この並木のおかげで緑のある風景になっている。ふたつめの遠州病院駅はすれ違い可能な構造だが対向列車はなし。
次の八幡で上り列車とすれ違った。12分間隔を守るための列車交換だ。手前の駅でもすれ違えるとなると、通勤時間帯は運行間隔がもっと短くなるのだろう。助信駅付近で高架を下るとき、隣に新しい高架橋が作られていた。立体交差工事はまだ進行中であるらしい。見晴らしが良くなりそうだから、完成したらまた乗ってみたい。
見晴らしの良い高架区間。
この助信駅もすれ違い可能だが、前方の信号は青を示している。対向列車を待たずに発車できるようだ。しかしここで信号は赤に変わってしまった。運転席に無線が入った。運転士が無線機に向かってやり取りしている。まだ青に戻った。扉が閉まる。しかしまだ無線が入り、扉が開いた。本当は出発できるはずだった。しかし何らかの事情で不可となった。そんな様子だ。人身事故だろうか。気になる。今日は日帰りの予定だから、浜松発の終電に間に合わないとなれば、途中で引き返さなくてはいけない。しばらくして、電車は動き出した。
乗客はロングシートがすべて埋まり、立ち客が10人程度。そんな程よい混み具合は遠州上島までだった。遠州上島でどかっと降りてしまう。数人ほどの人々が乗ってきた。簡素な鉄橋で馬込川を渡る。長さは30メートルほどだろう。自動車学校前駅から先、各駅で数人程度が降り、ほぼ同じ数だけの人数が降りている。日中の乗客数は一定の数を保っているようだ。浜松市は人口80万人を超えており、中心部は人口が集中している。遠州鉄道沿線はほとんど住宅街である。そしてほとんどの駅に交換設備があった。なるほど、これなら単線でもたくさんの列車を投入できる。ダイヤが乱れてもすぐに回復できそうだ。
雲行きが怪しくなってきた。
遠州西ヶ崎駅に留置線があり、青くて小さな凸型電気機関車がいた。赤い電車が連結されている。新浜松駅で見た電車と同じ型のようだ。車体の色がくすんでいるところを見ると、廃車解体の運命のようである。寂しいが仕方ない。その代わり新型電車が走り出す。利用者にとってはそのほうが嬉しい。遠州鉄道も静岡鉄道も、独自の新車を発注しているところに感心する。それなりに投資できる収益があるのだろう。地方鉄道といえば、都会の電車の中古を買って安く済ませる会社が多いのだ。
なんとなく、前方遠くの空の色が重くなっている気がする。こちらは晴れているのに……と思っていると、運転席窓ガラスに水滴が付き始め、やがて大雨になった。かなり激しくなっている。最近、風のない嵐のように大雨が降る日が4日おきくらいにあって、ゲリラ豪雨と報道されている。
先週の「富士」「はやぶさ」が遅れた理由もゲリラ豪雨だった。異常気象とテレビや新聞は言うけれど、思い返せば日照りだの豪雪だのと、もう20年ほど異常気象と言われ続けている気がする。20年も続いたら異常ではないのではないか、と思う。そもそも正常気象とはなにか。晴れが続けば正常かと言うと、雨が少なくて異常だという。
凸型電気機関車。
雨はだんだん激しくなり、駅のホームでは水滴が跳ねて棘のように立ち並んでいる。前方にはとうとう稲妻が何本も見えるようになった。電車はその嵐に向かって進んでいる。引き返したほうかいいのではないか。いや、電車は丈夫だ。このくらいなら大丈夫だ。運転士さんは嵐の海を強行突破する海賊のような心境ではないか。列車無線は沈黙している。さては、助信駅で信号が妙な動きをした原因はこの大雨に違いない。風も出てきた。御薗中央公園駅のそばに、おそらくその駅名の由来となった公園がある。すべてが雨に洗われ、木の揺れ方が尋常ではない。
このままでは視界がなくなりそうだ、と思った途端、雨がやんだ。青空さえ見えている。なるほど、これがゲリラ豪雨かと納得する。まもなく終点の西鹿島だ。留置線が並び、こちらと同じ型の赤い電車が停まっている。線路がいくつか分岐して、広い構内になった。ホームも駅舎も、何事もなかったかのような晴天である。しかし、地面はたっぷり濡れていて、ここもゲリラ豪雨の襲来を受けていたようだ。
ゲリラ豪雨の中を行く。
待合室には大勢のお客さんが詰め掛けていた。雨が上がったばかり。電車を降りた人々が足止めされていたようだ。それに加えて、この駅で接続する天竜浜名湖鉄道が不通になっているという。さっき車窓から見えた雷が、どうやら天竜浜名湖鉄道の信号設備を直撃したという話だ。
太陽が濡れた道路や建物に反射してまぶしい。やれやれ、かなりひどい嵐だったようだ。人々に安堵が広まっていく中で、誰かが「虹だ」とつぶやいた。それが小さな歓声の連鎖になっていく。私は駅舎を出て、みんなと同じ方向を眺めた。なるほど、歓声を上げるわけだ。大きな虹が出ている。しかも、ふたつ架かっていた。
二重の虹。上の方は薄い……。
-…つづく
第284回からの行程図
284koutei.jpg