天竜二俣駅に掛川駅からの列車が着くと、数分後に新所原行きの列車が出る。天浜線全線を乗り通すだけの旅ならそれでもいい。でも、それだけではおもしろくないので、天竜二俣駅の周辺を歩きたい。
天竜二俣駅。接続列車は数分後。
天竜二俣駅の構内にたくさんの線路が並んでいる。天竜浜名湖鉄道の本社や車庫もある。このあたりが旧天竜市の中心だと思っていたけれど、意外にも駅前は閑散としていた。とにかく腹が減っている。しかし、飲食店の看板を見かけない。駅前広場の横にコンビニがあって、何もなければそこで食料を調達できる。それで安心して、すこし歩いてみる。
道路を渡ったところに公園があって機関車が飾られている。右へ歩くとウナギ屋があった。そうだ。ここは浜名湖、ウナギの産地。しかし人の出入りがない。本格的な店のようで、焼き上がりに時間がかかるかもしれない。値段が表に出ていないのも不安になって見送った。後で調べたら東京のウナギ屋より安くて上等らしい。先に調べればよかった。
コンビニの隣にカラオケ屋がある。軽食はありそうだが、一人で窓のない部屋に入る心境ではない。その先の雑貨屋兼食堂も休憩中らしい。そのまま歩くと教会があって、懺悔すればパンとワインくらいは貰えるかな、などと不謹慎なことを考える。そのまま歩くと、とうとう家はなくなって上り坂。線路をまたぐ橋になった。見下ろせば機関庫がある。
機関庫を俯瞰する。
食事はコンビニ弁当で済ませることにして、機関庫を見物する。ちょうど人が降りられるくらいの小さな下り坂がある。長い坂だが途中にクランクがあった。ブレーキの効かない自転車を止める仕掛けだ。鉄道の安全測線みたいな仕掛けでおもしろい。実際に助かった人がいたらしい痕跡もあった。クランクを曲がり損ねたとしたら気の毒だが。
かつて、天竜二俣駅の機関庫は公開されていて、駅の入場券を買えば入れた。しかし現在はその制度がない。だから敷地内には入れないけれど、機関庫の真横に細道があって、そこからでも充分楽しめる。蒸気機関車時代からの転車台も残っている。蒸気機関車の復活運転もできそうだが、近くに大井川鐵道もあるから難しいかもしれない。奥の方にレトロ調に塗装した車両があった。よく見たいと思うが無理だ。
コンビニで買った弁当を駅前のベンチで食べた。待合室の座布団の上に猫が佇んでいる。流行の猫駅長になる気はないらしい。改札口の手前に「ミニトロは大きい人と乗りに来てね」と書いてある。駅舎のあるホームに豆汽車のようなトロッコがあって、「てんぱま線」と書いてあった。到着したときから気になっていた物体で、ミニトロという遊具らしい。なるほど。自転車のようなペダルで漕ぐ仕掛けになっていた。
待合室のヌシ。
てんぱまトロッコ号?
新所原行きの列車で先へ進む。すぐに川が現れる。これは二俣川である。天竜川は次の二俣本町駅の先、トンネルを一つ越えると現れる。なるほど、恰幅の良い川であった。天竜川は諏訪湖から発する一級河川で、伊那を経由して浜松で海に注ぐ。天竜川は今でこそおとなしい。しかしそれは江戸時代から続く治水工事の賜だ。天竜川は暴れ川として知られ、ここは山間部から平野部へ出るところである。急流を駆け下りてきた水が放出されるところだけに、治水に悩まされたことだろう。地図をみると、このあたりで天竜川はくねくねと曲がっている。
天竜川の車窓(右)。
天竜川の車窓(左)。
左手に赤い電車が見えて西鹿島着。昨日、遠州鉄道で降りた駅である。国鉄時代、1966年まで、ここから遠鉄の車両が乗り入れて、天竜二俣まで直通したという。二俣地域の人々が海へ出るには便利な列車のはずだが、現在は運行されていない。復活させたら便利だと思っていたら、浜松市も同じ思いのようで、現在は乗り入れに向けて調査中とのことだ。遠鉄の電車を乗り入れるなら天浜線を電化しなくてはならず、天浜線の気動車を乗り入れるなら、遠鉄の電車にあわせた高性能気動車を作らなくてはいけない。あとは費用対効果の問題らしい。
西鹿島で遠州鉄道に再会。
列車は宮口までは平野部を走り、そこを出てしばらく走ると山道に入った。海岸を迂回するにしても、もっと南の方が楽だと思うけれど、この方向で真っ直ぐ進まないと浜名湖に当たってしまう。天浜線は浜名湖の北を迂回するための線路だし、軍事目的でもあった。多少険しくても、お金がかかっても浜名湖の北を目指す。そんな戦時中の事情がある。もっとも、平和な今となっては、標高の高いところを通過してくれるので、なかなかよい見晴らしを楽しませてくれる。
浜松大学のドーム状の建物が見え、ひと山越えると金指駅。駅周辺は住宅が多いが、駅に入る直前は工場が多かった。二俣線の目的は軍需列車の迂回路だったけれど、その線路のおかげで沿線は栄えた。戦後は工業や農業の貨物輸送に必要な線路となった。そしてモータリゼーションが起こり、鉄道貨物は衰退。天浜線も貨物輸送を廃止している。しかし、今度はエコロジーで鉄道貨物が脚光を浴びている。鉄道貨物がどんどん復活して、全国の鉄道会社が潤ってほしい。ローカル線は再生できるし、多少採算が悪くても楽しい列車が増えるかもしれない。
浜松大学のキャンバス。
田園地帯を行き、藪のようなところを通り抜けると、唐突に浜名湖が現れた。小さな釣り船が係留されており、湖面には梁もある。浜名湖は遠州灘に接し、淡水と海水が混じる汽水湖である。これが川と海を回遊するウナギにとって都合がよかったという。しかし、こんな住みやすいところで、なんと人に釣り上げられて食べられてしまう。遠く南洋で生まれ、長い旅をしたウナギにとってみれば、とんでもない罠である。
列車は西気賀駅から寸座駅まで湖岸を走り、いったん海岸を遠ざけて、再び湖岸に出る。ここに浜名湖佐久米駅がある。湖上に東名高速道路があって、景色はあまりよろしくない。再び陸中を行き、高速道路が北側に離れると、また湖岸に出る。ここは猪鼻湖とも呼ばれていて、浜名湖の本体とは小さな水路でつながっている。浜名湖岸は意外にも複雑に入り組んでいる。魚も人も住みやすそうなところだと思う。
やっと見えた浜名湖。
浜名湖の眺めは知波田駅の手前で見える湖岸が最後だ。浜名湖の周回が終わった線路は、くいっと右に曲がり、新所原へ真っ直ぐに進んでいく。新所原着16時58分。まだ明るい。こんなことなら途中下車したい場所がいくつかあったし、天竜二俣のウナギにも未練がある。しかし、この列車の後は一時間半ほど後になり、新所原着は18時26分である。今日の日の入りは18時04分である。日没後も30分くらいは景色を見られるとはいえ、これはギリギリである。食べ物屋は調べなかったけれど、日の出と日没の時刻はちゃんと調べている。旅の目的が車窓だからである。
-…つづく
第286回からの行程図
286koutei.jpg