食通にも“食わず嫌い”がひとつくらいあるだろう。汽車旅好きな私には“乗らず嫌い”な列車がある。それは観光列車、イベント列車の類だ。静かな一人旅とは正反対の列車で、お客さんを集めるから混んでいるし騒々しい。鄙びたローカル線がハレの場になってしまって、その土地の日常風景ではなくなってしまう。せっかく遠くに出かけても、周囲が都会からの観光客では、結局都会の列車と同じ雰囲気になる。
485系の改造車。
そもそも私が汽車旅を始めた頃は国鉄の末期で、鉄道員と言えば無愛想な準公務員であった。基本的には優しくないし、鉄道ファンなど邪魔だという雰囲気さえ合った。しかし、そうであるからこそ、時々、やさしい鉄道員に出会うと嬉しくなったものだった。使用済みのきっぷは本来は回収すべきだけれど、恐る恐る頼んで「いいよ」と言って貰えると、なんていい人なんだろうと思った。もっとも、いま思えばきっぷの一枚くらい、と思える。が、鉄道員は融通の利かない人が多かった。
国鉄がJRになって、民間会社=サービス業、となると、とたんに鉄道員は優しくなった。窓口氏は笑顔になり、お客様のための列車が走り始めた。それは良いことだ。しかし、かつてのツンデレな国鉄時代を経験している私は戸惑う。つっけんどんだった相手が手ぐすねを引くようになったら、騙されて食われるのではないかと怖くなる。観光列車は民営化ならではの客寄せ企画で、私の戸惑いの源を凝縮している。観光列車のなかには、さっき新庄駅で見かけた『みのり』のような専用車両を使う列車もあり、珍しい。いつまでも食わず嫌いではいられない。
庄内平野を続く。
そこで、余目からは観光列車『きらきらうえつ』に乗ってみる。この列車は基本的には酒田発新潟行きで、ふだんは酒田発16時00分である。さっきの陸羽西線は陸羽本線に乗り入れて酒田まで行く。酒田着が15時21分だから、酒田から『きらきらうえつ』の全区間に乗車できる。しかし、この日は時刻変更があって、『きらきらうえつ』は1時間ほど早発となっていた。途中の駅に夕陽のスポットがあり、そこで長時間停車させるためとのことだ。だから酒田まで行ってしまうと間に合わない。陸羽西線と羽越本線が接続する余目で降りて『きらきらうえつ』を待つ。ふだんは16時21分発のところ、本日は15時16分発である。
余目のホームで風に吹かれていると、私のような旅人がひとり。なぜかスーツ姿の男性3人が来た。「こんどの列車は快速で指定券が要るそうですよ」などと話している。各駅停車で鶴岡か村上あたりへ行く人だろうか。羽越本線の日中の各駅停車は、1時間に1本の間隔になっている。余目発14時44分を逃すと、次は15時50分だ。それを待つくらいなら指定券を買って『きらきらうえつ』に乗った方が良い。観光列車とは言え、用務客もいる。もともと30分間隔程度の需要があるかもしれない。
予定通りの時刻に『きらきらうえつ』が到着した。白い車体に赤青黄などの色がタイル状にあしらわれている。国鉄時代の標準的な特急電車、485系を改造した4両編成だ。先頭車は展望ラウンジがつき、中間車の1両はラウンジと売店になっている。全車普通車指定席となっているけれど、座席は前後がグリーン車並みに広い。私の席は3号車の通路側だ。酒田発だから車内はほぼ満席で、私の隣の窓側に先客がいた。挨拶をして座ったけれど、彼は窓を眺めつつ無言である。旅に浸っているのか、あるいは疲れているのだろう。私も気遣いなく腰を下ろした。
ロビーの横の売店コーナー。
ロビーカーはちょっと和風。
列車はすぐに動き出した。『きらきらうえつ』の“きらきら”は、日本海の水面のイメージだろうか。私の席は幸いにも海側で、窓も大きいから、窓際の人がいても景色がよく見える。座席が高い位置にあって、ハイデッカーバスのような感じだ。しかし余目駅付近は内陸だから、まだ海は見えない。周囲は住宅と水田、米どころの庄内平野だ。
約10分で鶴岡着。そこからは駅を通過し続けて、羽前水沢を過ぎたところでトンネルに入り、三瀬を過ぎてまたトンネルに入り、出たところでやっと海が見えた。小波渡を通過するとまたトンネルだ。このあともトンネルを出て海、またトンネルを過ぎて海という景色が続く。このあたりは出羽山地が海岸線まで張り出しているところ。山形県は山ばかり。庄内平野以外の土地では、僅かな平地に人々が集まっている。羽越本線は、海に接した平地にひとつずつ駅を作っていて、その周りに集落がある。いや逆に、そんな集落にひとつずつ駅を作ったということか。
運転席付近はフリースペース。
そんな集落のひとつにあつみ温泉駅がある。もっとも温泉は温海川をさかのぼった山の中にある。ここから先はトンネルが少ない。車窓には日本海が見える。夕陽見物のため長時間停車すると言うけれど、上空は雲がやや多い。もっとも、水平線のほうは晴れていて、海面に陽光がきらめいて、きらきらうえつの名を表していた。トンネルに何度も邪魔をされながら、海を眺める車窓は50分ほど続き、桑川に到着した。
この桑川で列車は約1時間も停車する。笹川流れと呼ばれる海岸から日没を見てもらおう、という配慮である。跨線橋を渡り、改札を出ると、青い半被を着た人々に出迎えられた。歓迎行事で観光アピールをするらしい。私はさっそく岩海苔の味噌汁を戴いた。駅前には地酒や地ビール、地ワイン、飲むヨーグルトなどのテイスティングコーナーがある。酒は苦手だけれど、小さなコップだったから、いくつか清酒を含んでみた。スッとした口当たりで、ほんのりと甘い。すぐに顔が熱くなった。
きらきらな景色が見えた。
国道を渡ったところに遊歩道があって、波打ち際よりも高い場所だった。そこから日本海が見渡せる。砂浜に降りる階段もあって、そこに座る人々もいた。まるで夕陽観覧席である。太陽が目の高さにあって、空が少しずつ赤くなってくる。ところが夕陽はなかなか沈まない。風に吹かれて涼しく、立ちっぱなしで足が辛くなってきた。そこで鑑賞スポットと駅を何度も往復する。駅前では獅子舞が始まっている。ちょっとしたお祭りのようだ。駅前広場は『道の駅』も兼ねているようで、クルマでやってきた人々が何事かと驚いた様子である。獅子舞が終わる頃、いよいよ夕陽が沈んできた。雲が多いぶん、夕陽の赤が際だっていた。
ちょっとだけ飲んだ酒でほてった身体も醒めた。発車にはまだ時間があるけれど、冷たい風が吹き始めたので列車に戻った。私の斜め後ろで宴会を開いていたおじさんたちが帰ってきた。彼らも用務客だったらしい。一人が酒に酔って眠っており、『きらきらうえつ』の発車の挙動で目覚めた。友人とおぼしき人々が「せっかく夕陽で停めてくれたのに寝ちまいやがって」と文句を言っていた。寝ている人は生返事である。
笹川流れからの夕陽。
日没後の車窓はまだ少し明るい。トワイライトタイムである。景色が見えなくなってきたので、おじさんたちは宴席を再開した。終着駅の新潟には1時間ほどで到着する。観光客、用務客、宴会好きな人々、列車に乗る目的は人それぞれだった。しかし、ほとんどの人々が桑川で夕陽を眺め、地元の人々から歓迎された。観光列車の魅力は車両や路線、ダイヤだけではない。地元の人々も列車を盛り上げてくれた。観光列車の魅力は車窓や景色だけではなく、催し物によるところも大きい。
私はいままで、なんとなく観光列車を敬遠していた。しかし、こうした仕掛けに乗れば楽しい。桑川の人々の歓迎も楽しかった。これからは旅程の選択肢に、珍しい車両を使った観光列車も組み込んでいきたい。
獅子舞で歓迎中。
(注)列車の時刻は乗車当時(2008年10月)のダイヤです。
第297回からの行程図
297koutei.jpg
2008年10月12日の新規乗車線区
JR:106.7Km
私鉄: 0.0Km
累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):17,700.6Km (78.56%)
私鉄: 5,212.2Km (75.58%)
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