第550回:壇ノ浦の底の下 - 関門トンネル人道 -
めかり絶景バスは出発地点の関門海峡めかり駅に戻った。これからクローバーきっぷに描かれたとおり、海底トンネルで向こう岸に渡る。海の底のさらに下を歩くなんてワクワクする。しかし、はやる気持ちを抑えて準備運動だ。さっきトロッコ列車から見かけた機関車と客車を見に行く。
銀色の機関車はEF30形の1号機。関門トンネル区間専用機として1960年に製造された。銀色の車体は国鉄の機関車としては珍しい。関門トンネル内は海水が染み出しているため、塩水を浴びても錆びにくいステンレス無塗装素材が使われた。EF30形は海底トンネルの勾配を克服するため出力が大きかった。

珍しい銀色機関車、EF30形
九州行きブルートレインに思い出がある人にとって、このEF30形は懐かしい。東京と九州を結ぶ寝台特急は、下関駅で青い機関車から銀色の機関車に交替し、門司駅で九州用の赤い機関車に付け替えられた。それはブルートレインにとって大切な儀式だった。
EF30形は1987年に全車が引退している。後継機種のEF81形300番台も銀色で、貫通扉がなくスッキリとした顔つきだった。赤く塗られて九州内で使われているようだ。関門トンネルは旅客用客車の運行がなくなり、現在は長距離貨物列車がそのまま乗り入れるらしい。貨物列車に機関車付け替えの儀式は不要か、もしかしたら、あの機関車交換は、晩年は乗客向けのサービスだったか。

オハフ33の内部は喫茶スペース
EF30形の隣に置かれた茶色の客車はオハフ33形だ。製造番号は488とある。看板には寸法の紹介しか書かれていない。「当時のイメージを再現するために、同時期に活躍した客車を連結させています」と書いてある。機関車の保存展示が主で客車は従。その客車の内部はカフェに改造されている。半分は往時のボックスシートのまま。半分はミニキッチンとカウンター席だ。

ジャンボウインナーコーヒー(笑)
トロッコ列車の九州鉄道記念館駅で見かけたポスターによると、ここのジャンボウインナーが名物らしい。ジャンボウインナーって、フランクフルトソーセージではないのか。調べてみると、羊の腸に肉を詰めるとウインナー、豚の腸に詰めるとソーセージになるらしい。腸の違いとは知らなかった。
準備運動のつもりがウインナーを食べてしまった。カロリー過多である。もう少し身体を動かそう。時計を見れば、もうすぐ次のトロッコ列車が到着する。その写真を撮ってから、トンネル入り口へ歩いた。

ちょっとだけ撮り鉄気分
トンネルの入り口の先に和布刈神社があって、なんとなくお詣りした。あの壇ノ浦に面した神社である。神社名であり地名でもある和布刈は、わかめを刈るという意味だ。建立は西暦2000年頃。祭神はヒメノオオミカミという美女の海の神をはじめ全5座。航海の安全や良縁、安産、恋愛成就、子孫繁栄に御利益があるという。平家軍が戦いの前に宴をもち士気を高めたという伝説もある。なるほど、この神社は壇ノ浦の戦いを見ていたわけだ。

遊歩道から壇ノ浦を眺める

和布刈神社でお詣り
その壇ノ浦の水の底へ向かう。トンネル入り口は3階建ての建物の中だ。料金箱があるけれど、歩行者は無料。自転車と原付の通行料は20円。歩いて引いていけばタダかと思ったら、自転車も原付も走行は不可であった。通行料ではなく持ち込み料というわけだ。犬猫の持ち込みは不可。犬の散歩をしてはいけないらしい。

関門トンネル人道入り口
地下のエレベーターホールはカーペット敷きで、公民館の待合室のような広さであった。中央に円柱があり、その向こうにトンネルがある。向こうからスポーツウェアを着た人走ってきて、円柱を周回して戻っていく。なるほど、全天候型ランニング施設としても使われているらしい。トンネルの手前に「ランナーのみなさまへ」という注意書きもあった。タイムにこだわるな。追い越しは声をかけてから。グループ走行は1列で……。

エレベーターホールから歩き始める
私は歩く。全長780m。所要時間の目安は13分間と書いてあった。坑道のような四角いトンネルに踏み出す。乗用車がやっと通れそうなほどの幅である。センターラインが引いてあり、右側通行の足元に下関という字と矢印が添えられている。間違えるわけがないと思ったけれど、ランニングハイのまま往復すると判らなくなるかもしれない。
前方は家族連れが道いっぱいに広がっている。なるほど、追い越しには声かけが必要な感じだ。私は追い越すつもりはないから、間を詰めず、ゆっくり歩く。壁は水色、床は茶色、天井は青。海底という雰囲気を演出しているらしい。

海底を思わせる色使い
海底トンネルといっても、水の底が見えるわけではない。通ってみれば、ただの青い壁のトンネルであった。クルマの走行音が頻繁に聞こえる。壁が薄いか、換気口を伝わっているか。壁がときどき開いていて、外を覗いてみたけれど、もうひとつ壁があるだけだ。これが換気用の空気の通り道らしい。
家族連れが立ち止まっていた。追いついてしまう。床に線が引かれていて、福岡県、山口県と書いてある。ここがトンネルの中央部だ。壁にトンネルを紹介する図と文章が掲げられている。ここは海面下58m。私たちの位置は車道の真下だ。さっき開いていた壁の向こうは、新鮮な空気を送り込む管の役目。排気ダクトは車道トンネルの上にある。さらにその上、海底に源氏と平家の兵たちの骨が転がっているかもしれない。そんな海底の下を通るなんて、なんて恐れ多いことだろう。

関門橋と壇ノ浦
県境から緩やかな上り坂。早足で歩いてホールにたどり着くとほっとした。エレベーターで地上に出ると、日なたがまぶしい。自販機で缶ジュースを買い、口を付けつつ振り向くと、天には関門橋が架かり、向こう岸のトンネル入り口と和布刈神社が見える。あそこからここまで通り抜けてきたんだな、と思う。帰りは橋を渡ってみたい。しかし関門橋は高速道路、自動車専用だ。クローバーきっぷのルート通り、船で戻るとしよう。
-…つづく
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