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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第501回:白い鉄塔、銀の樹氷 - 御在所ロープウェイ -

更新日2014/01/30


鉄道好きと旅好きの違いは、終着駅で引き返すか否かではないか。鉄道路線の終点から先へ行くバスも楽しい。山へ行くときも海へ行くときも、「もう鉄道では行けません」という場所であり、風景が険しい。湯の山温泉行きのバスも例外なく、車窓に目をみはる場所がいくつかあった。この道は県道577号線といって、おそらく滋賀県へ続く峠道の旧道である。おそらく旧道という理由は、もうひとつ峠を越える道があって、鈴鹿スカイラインとも湯の山街道とも呼ばれているからだ。


バスで湯の山温泉街へ

577号線はカーブも勾配もきつく、バスのエンジンが唸りっぱなしだ。湯の山温泉でバスを降りると、ロープウェイの入り口までは徒歩。さらに曲がりくねった急坂の車道を歩く。高低差は40m。10分ほどでロープウェイの入り口に着いた。マイカー用の他に観光バス用の駐車場がある。なぜ路線バスはここまで来ないのか。温泉街を素通りさせないためだろうか。それにしては歩いても立ち寄れるような店が少ない。

湯の山温泉にあるから"湯の山ロープウェイ"と思っていたけれど、正式名は"御在所ロープウェイ"であった。Googleで"湯の山ロープウェイ"を検索しても公式サイトにたどり着けるから、私のように間違って覚えている人も少なからず存在するようだ。そもそもケーブルカーやロープウェーは、上っていく対象の名前をつける習わしだろう。


ロープウェーの湯の山温泉駅

御在所岳より湯の山温泉の存在感が大きいかもしれない。いやいや、それは失敬だ。御在所とは、垂仁天皇の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)が、大和から伊勢への巡幸の途中で滞在したところという。近畿と伊勢を結ぶ道中の拠点がここであった。

御在所ロープウェイは、麓側の湯の山温泉駅と頂上側の山上公園駅を結ぶ。距離は約2.1km。標高差は780m。所要時間は15分。風景を楽しむにはちょうどよい時間だ。真っ赤なゴンドラはスイス製で、定員は10名と書いてある。私の前に4名のグループがいて、相席にされると思ったら、私だけ次のゴンドラになった。平日の旅ならではの配慮である。

空中への射出。見上げれば標高の高いところは雪化粧をしている。寒いところへ上がっていくのだ。下を覗けば温泉街が小さくなっていく。また頂上に目を向ける。独り占めのゴンドラ、すれちがうゴンドラに人はいない。空中の孤独。左右360度、上下360度の視界をたっぷり楽しむ。森の上空を過ぎて、白い鉄塔が立ちはだかる。高さ61mの白鉄塔で、ロープウェイの鉄塔としては日本一の高さだという。鉄塔を過ぎると、進行方向右側に山肌が近づく。花崗岩が柱のように並んでいる。さらに上っていくと、石柱につららが垂れ下がっている。どうやら覚悟が必要な寒さらしい。


日本一の鉄塔

山上公園駅は頂上ではなかった。日差しがあるから寒さは和らいでいる。ここから先は一人乗りのリフトだ。吹きさらしだが、ためらわずに乗り込んだ。ここまで来たら行けるところまで行きたい。登山家なら、この欲求に勝てるか否かで生死が分かれるだろう。それに比べて乗り物好きの旅人は気楽であった。気楽なまま、標高1,212mの御在所岳の頂上に着いた。

辺りは雪景色。真冬の世界。足元に雪が積もり、一部は凍っていた。朝からの陽光で雪が溶け、冷たい風に当たって凍ったようだ。正面に"一等三角点"という大きな看板がある。そこが頂上である。


御在所山の頂上へ

柔らかな雪と、先行者の足跡をたどって、その看板に向かう。広場のようだけど、歩きやすい場所は限られている。歩き回ろうとして、若い女性の二人連れに追いつきそうになる。邪魔にならないように、少し離れて間合いを取り、その間に周囲を見渡す。

付近の樹木にも雪が積もって……いや、これは雪ではない。
「樹氷か」。思わず声を上げた。生まれて初めて見たからだ。
写真集の中、登山者やスキーヤーでなければ見られないと思っていた。徒歩の散歩のような旅で、樹氷を見られると思わなかった。これはちょっとした感動である。


美しき樹氷の数々

私の声に反応して、前方の女性たちが振り返った。すみません、初めて見たもので、と会釈した。私たちも初めてなんですよ、と言った。三角点付近は日当たりがよく、樹氷の実りは小さい。しかし歩いてみると、すべての枝が氷をまとった樹木も多い。

帰途に向かう女性たちと別れて、私はさらに散歩を続ける。氷瀑があった。巨大な壁のような氷の塊。圧倒されかけたけど、天然の滝ではなく、櫓から水を垂らして作ったようだ。興ざめしつつも、芸術作品だと思えばなかなかのものである。


氷瀑はここでしか作られない芸術作品

氷瀑の裏側を見ようと思って歩き進んで転んだ。足元が凍っている。その先は急傾斜で、落ちたらどこへ降りていくかわからない。下を覗き込む勇気もなかった。転んでよかった。私は怖くなって、もう帰ることにした。


この先、落ちたら帰って来られないかも……

氷瀑の辺りは特に日当たりがよく、凍った地面がまた溶けて滑りやすくなっている。それに反して、樹木には氷がついていない。枝の先に赤い芽ができていた。アカヤシオというツツジの一種。氷に覆われた山頂に、春が近づいていた。


春の芽が色づく

リフト、ロープウェイを乗り継いで下界に戻った。まだ花は咲かないけれど、こちらも春の世界である。湯の山温泉方面のバスはアクアイグニス行きと表示されている。湯の山温泉駅の近くのリゾート施設とのこと。内部線・八王子線に乗る予定は早朝に済ませているから時間がある。湯に浸かりに行こうかと思いつつ、そういえば名古屋市内で行きたいところがあったと思い出した。

湯の山線で近鉄四日市へ。近鉄名古屋線で名古屋へ。地下鉄を乗り継いで赤池駅で降りる。幅広い国道の向かい側に"レトロでんしゃ館"がある。名古屋でかつて走っていた路面電車や、初代地下鉄車両を保存展示する施設だ。閉館は16時と早いけれど、15時に到着した。1時間でしっかり要所を見物できた。


名古屋市、レトロでんしゃ館

その行程をTwitterでつぶやいたところ、「もうひとつあるよ」という助言が届いた。そのメッセージに導かれ、鶴舞線に乗って丸の内駅で降り、地図アプリも頼りに歩くこと15分。市営交通資料センターという施設がある。図書類が多く、展示物は少ない。見るだけなら15分。ただし、腰を据えて読みたい本がいくつもあった。こういう施設は自宅のそばに欲しい。

丸の内という地域だから、名古屋城が近い。旅の締めくくりに金の鯱でも眺めに行こう。ふたたび地図アプリを使い、コンパスの示す方向に歩く。残念ながら、名古屋城は閉門していた。その門の隙間から天守を覗き込む。鯱が夕陽に輝いている。その黄金の光は、樹氷の放つ白銀の光とは違う輝きを持っていた。


閉門の隙間から覗いた名古屋城

そう、つい先程まで、私は樹氷を眺めていた。軽便規格の電車に乗り、ふたつの博物館を訊ね、樹氷を眺めて、博物館と城で終わる。今回も1泊2日とは思えないほど充実した旅であった。

 

第501回の行程地図

より大きな地図で のらり 新汽車旅日記 501 を表示

 


2013年03月03-04日の新規乗車線区
JR: 0.0km
私鉄: 69.4Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):20,017.7km (89.11%)
私鉄: 5,948.0km (84.03%)

 

 

 

 

 

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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~コンピュータ社会の理想と現実
 
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ライフ>> 「鉄道」
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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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