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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第530回:特急きりしまで行く霧の霧島 - 肥薩線 隼人~吉松 -

更新日2014/11/13


特急きりしま2号が鹿児島中央駅を発車する。順調に速度を上げていく中で、奇跡の踏切を通過した。JR九州が協賛した映画『奇跡』で何度か登場した場所。こども漫才師のまえたまえだが主人公で、なかなかおもしろい映画だった。その踏切の写真を撮りたかったけれど、暗さと窓ガラスに並んだ無数の水滴に邪魔された。


特急きりしま2号、宮崎行

私たちは隼人へ向かっている。約30分の乗車。各駅停車でも良い距離だけど、バースデイきっぷは特急列車に乗り放題。すばらしい。海側の暗い車窓の向こうに、小さな灯りが揺れている。
「漁り火かな」とつぶやいてみた。
「桜島の町じゃないか」と風ちゃんが言う。
風ちゃんが正解である。天気が良ければ、もう少しよく見えただろう。私にとっては、街の灯や天気より、つぶやくと返事があるという旅が、いつもと違っておもしろい。


桜島の暮らしの灯り

空が明るくなって、海面に養殖筏の整列が見える。列車は重富駅に停車して下り列車と交換。時刻表では通過となっているけれど、時刻表には3月に2日間の臨時停車が記載されている。もともと停まるから、常に客扱いしても良さそうだけど、逆にその2日間は何があるのだろう。このあと、三つの駅を通過して加治木駅に停車した。
「カジキマグロのカジキかな」私が言う。
「エヴァンゲリオンにカジって人がいたな」風ちゃんが言う。
連想するポイントが違い、どちらもズレている。カジキマグロのカジキとは舵木。カジキマグロはするどく尖っていて、船の舵を取る硬い木を突き刺すほどだからカジキの名が付いたらしい。加治木という地名は、船の舵から芽が出て木になったという伝説による。エヴァンゲリオンは詳しくないけれど、調べてみたら加持という登場人物がいた。どちらも文字が違う。

窓ガラスの水滴が乾いている。雨は上がったらしい。隼人駅に定刻到着である。私たちしか降りなかった。ここで肥薩線に乗り換える。次の列車まで約30分。とりあえず改札を出て駅舎を見物。平屋だが、壁を竹井で覆って和の雰囲気を醸し出す。主にJR九州で活躍する水戸岡鋭治氏のデザインである。


隼人駅、和の趣

広い駅前広場がある。そしてコンビニが見当たらない。朝食は鹿児島中央駅の周辺で調達すべきだった。駅に直結したホテルの便利さに甘えてしまった。若い頃は朝食抜きで食いだめが日常だった。しかし、糖尿と腸炎を患ってからはなるべく7時、12時、19時に食べて薬を飲んでいる。薬のために何か食べたい。待合室の自動販売機でヨーグルトドリンクとコーヒーを買った。これで朝食としよう。

隼人駅07時06分発の吉松行、列車番号4222Dは2両編成のディーゼルカーだ。両側に運転台があるキハ40形と、片側に運転台があるキハ47形。白い車体に青い帯。昔の小田急線のようだ。東武鉄道の8000系もこの色だった。白い車体は汚れが目立つだろうと案ずるけれど、空気がきれいなところだから良いのだとも思う。でも、ここまで桜島の火山灰は届かないか。


肥薩線4222D 吉松行

422Dが走り出す。高校生がたくさん乗っている。ボックスシートごとに2人から3人。まっすぐ進み、日豊本線がカーブで分岐していく。こちらが本線、あちらが支線のような線形である。それも当然で、肥薩線こそがもともと鹿児島本線だった。熊本から最短距離で南下するルートだ。しかし海沿いの迂回ルートが完成すると本線の座を譲った。最短距離でも、山道で車両の連結数が増えると速度が遅くなるからだ。ならばなぜ始めに山道の本線を作ったかと言えば、防衛上の都合なのだろう。この線路の開通は1903(明治36)年。薩英戦争の41年後であった。

日当山という駅で3人降りた。雨天だけど日当山。ひなたやまと読む。国作りの神話の里だ。イザナギとイザナミの子、蛭子神が療養した温泉があるとされている。当たりは霧に包まれている。神話に似合う景色である。


どんどん高くなる

進行方向右側の車窓から街並みを眺める。その向こうは霧島連山のはずだが、湿度の高い空気が遮って視界は良くない。住宅が並ぶ一帯は霧島市。二級河川の天降川の谷間であり、すぼまって山間部へ続く。線路も上り勾配が大きくなった。何度か深林に遮られたあとで東へ向きを変えると、市街地を見下ろす風景になった。もうここまで上ってきたかと思う。次の表木山駅で列車とすれ違った。鹿児島中央行の3両編成だった。

山道に入った線路は、小さな川と並んでいる。天降川の支流、嘉例川だ。嘉例川という駅もあって、無人駅だけど駅弁の『百年の旅物語かれい川』が有名である。九州駅弁ランキングで何度も1位になった。しかし今日は販売されていない。土日祝日のみとのことで、空腹だけに残念だ。4222Dはその嘉例川駅を07時30分に発車した。登録有形文化財になった古い駅舎である。古民家のような趣。そばに寄りそう桜は5分咲きといったところか。


嘉例川駅と桜

ひと山超えたようで、下り坂になった。列車の速度が増して、またゆっくり速度が下がる。霧島温泉駅で高校生がすべて降りた。なるほど、この列車は高校生をここまで運ぶために走っていたか。地図を見ると、ほぼ駅前といえる森の中に県立霧島高校がある。温泉の街だからか、駅舎とホームの間に芝桜が植えられ、黄色い花のプランターが並ぶ。霧のベールの中で、花の色がひときわ目立つ。反対側の車窓には菜の花。そしてドラえもんのような案山子が立っていた。

ガラガラになった列車は山の中を走り続ける。植村という駅で3人乗った。通勤客だろうか。頭上に九州自動車道の橋が見える。あんなに高いところを走っているのか。ドライバーはきっと気づかないだろう。列車は山の間を走り抜けて、大きな集落に出た。大隅横川駅に着く。線路脇に芝桜の花。対向列車とすれ違う。こんどはキハ40形が1台だった。学生が大勢乗っている。霧島高校の生徒さんだろう。1台では気の毒かと思う。


霧島温泉駅

次は栗野駅。駅前に幼稚園がある。その手前に高めのプラットホームがあって、望遠レンズで覗いたら木材線用積み込み場と書いてあった。いまは使われておらず、林業が盛んな頃を記念して残しているようだ。明治時代に、ここから森林鉄道が建設された。それはあとに国鉄山野線となって、薩摩大口、さらに水俣へと通じていた。私はその路線に30年前に乗っている。記録によると、薩摩大口からは川内へ通じる宮之城線にも乗った。川内から薩摩大口に来て、栗野まで往復し、水俣へ抜けた。もう覚えていないけれど、その旅の結果、肥薩線の隼人と吉松の間が未乗になっていた。


30年ぶりの栗野駅

吉松駅に08時12分着。定刻であった。ホームの先に芝桜の絨毯がある。他の駅に比べてひときわ広い。線路のそばで、乗客には立ち入れない場所のようだ。駅員さんに訊いた。
「鉄道の職員さんたちが植えているんですか」
「いやあ、湧水町が植えとるんです。あちこちから見学にこられますよ」
他の駅の芝桜もそうだろうか。そのうちに肥薩線全体が芝桜観光の名所になるかもしれない。そうなるといい。埼玉県秩父の羊山公園のようになるには、もう少し時間がかかりそうだけど。


山間の要衝、吉松駅
奧に芝桜の絨毯が見える

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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■著書
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