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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第519回:京浜工業地帯の変化 - ぐるり貨物線大宮号2 -

更新日2014/07/03

武蔵小杉駅の周囲は背の高いビルがいくつか建っている。ここ数年でニョキニョキと生えた。このビル群は大田区の私の仕事場からも見える。横須賀線の武蔵小杉駅開設と連動して、周辺を再開発したようだ。何か大きな工場が転出したかもしれない。日本は作るところが減って、考えるところが増えている。産業構造の転換だ。作るところが減るとモノが生まれない。モノを運ぶ手段も要らない。貨物列車の積み荷は増えない。鉄道の役割が減る。困ったことである。


旅客線側を湘南新宿ラインが通過

武蔵小杉を発車する。隣の線路が勾配で上っていき、我らが団体列車はその下をくぐる。今、なにが起きたかというと、この列車は横須賀線のルートをはずれ、横須賀線用の線路の下を通り抜け、完全なる貨物線に入った。ビルの谷間を脱し、右側の車窓が広くなる。線路が何本も枝分かれして増えていく。車内放送の解説によると、新鶴見操車場であった。08時47分。しばらく停車する。

線路はたくさんあるけれど、貨車は少ない。電気機関車が数台見えるだけだ。なんだ。もったいない土地だな。やっぱり貨物列車は少ないのだろうか。いやまてよ、ここは荷役をする場所ではなさそうだ。携帯端末で調べてみた。新鶴見操車場は貨物列車の中継地点のようだ。東海道貨物線、武蔵野線、南武線の貨物列車がここに集まり、組み替えられてそれぞれの目的地へと再編成される。長距離貨物列車の機関車交換や乗務員の交代も行う。1日に発着する列車はなんと200本もある。


新鶴見操車場に到着

都心の貨物列車は主に夜間の発着だから、昼間は列車が出払っているわけだ。私は「貨物線路に乗れる。いつもと違う車窓を眺められる」と楽しみにしていた。しかし考えが浅かった。そもそも貨物列車には乗れないから、ふだんは関心がなかった。車窓に白いコンテナを積んだ貨物列車を発見した。しかし、先頭の機関車の形式がEF65形1000番台という程度しかわからない。あのコンテナはなにを積んでいるか。あの列車はどこへ行くか。気になってしまう。今回は貨物線や貨物列車の知識を予習しておくべきであった。


休息を取る機関車たち

新鶴見操車場は広い。しかし、コンテナ輸送以前はもっと広かったという。2軸の専用貨車が全国から集まり、方面別に入れ替えた時代は、全長5.2キロメートル、面積は24万坪。有り体に言うと東京ドーム17個分、東京駅の4.7倍の広さだった。コンテナ時代になって規模が約半分に縮小され、跡地はマンションがいくつか立っている。企業の誘致も行われた。車窓からパイオニアの大きな建物が見えた。ここも元は貨物駅の敷地だった。ただし更地も多い。東京にほど近い場所で、こつぜんと東京ドーム8個ぶんの土地が現れて、持てあましているようだ。


パイオニアのビルも実は操車場跡地

新鶴見操車場の南端で、列車はもう一度、横須賀線の線路をくぐる。続いて車窓左手に京浜東北線と東海道本線の線路が現れた。もうひとつ複線があって、これは京浜工業地帯から合流する貨物線である。列車はその線路群を鉄橋で跨いだ。この景色は貨物線ならではの車窓である。うれしい。

鶴見川を渡り、鶴見駅付近で一旦停止し、また動き出す。貨物列車の仕事場に割り込む見物列車だ。待たされるといえるし、じっくり見物できるとも言える。何本か線路を挟んだ向こう側に京浜東北線の電車が見える。左は京急電鉄の線路が並んだ。寄り添うと書けば穏やかだけど、この並行区間は京急がJRへの対抗心を隠さない。赤い快特が猛スピードで駆けていく。


東海道本線などを跨いで併走

鶴見駅は見かけよりも長い。ホームは京浜東北線の10両分だ。しかしコンテナ貨車は20両を越える。そして鶴見は品鶴線東海道貨物線の羽沢方面、南武線からの貨物支線、これから私たちが進む高島線などが合流する分岐点でもある。その距離の隣で、京急の線路に花月園前駅、生麦駅がある。同じ距離で、こちらではすべて鶴見駅構内となるらしい。

京急電鉄の生麦駅の横を通りすぎた。隣の線路が地中へ降りてトンネルへ消えた。あの線路が東海道貨物支線で、横浜市の北方、羽沢に向かう。私たちは帰りにあの線路で鶴見に戻るコースになっている。しかし今は地上を行く。ただし東海道本線ほかの線路群とは分かれて左へ曲がり、京急の本線を越えた。ここから貨物専用線の高島線となる。


羽沢方面の線路が地下へ降りる

品川から鶴見までは、貨物線といえども旅客列車と共用だったり、隣に旅客線があった。しかし高島線は貨物列車専用である。この車窓は見逃せない。第一京浜国道を越えて、キリンビールの工場をかすめ、首都高横羽線をくぐって横に並ぶ。列車の速度が上がった。車窓左手は京浜工業地帯だ。右側はマンションやガラス張りのオフィスビルがある。最寄り駅は向こう側の京急子安駅か神奈川新町だろうか。こちらの線路に駅があったら便利かもしれない。


列車は東海道本線と分かれて高島線へ

運河沿いの線路。私は進行方向右側に座っている。こちらの風景は運河である。水辺の風景。背の低い大規模な施設は下水処理場だ。左側の車窓は工場が多く、引き込み線が分かれていく。どちらの景色も興味深く、私の周囲の誰もが首を左右に動かす。そんな私たちのために列車は速度を落とし、景色をゆっくり見せてくれた。いや違った。停車である。線路が分かれ増えていく。東高島駅であった。ここから先は単線になるとの放送があった。この駅も新鶴見操車場と同様に、荷扱いと言うより列車の整理や乗務員の交代などで使われているようだ。


インテリジェントビルとマンション

地図を見ると、単線の先は桜木町駅で根岸線に合流している。根岸線は京浜東北線と直通する通勤路線だ。ふだんは京浜東北線とひとまとめに扱われる。貨物列車は新高島駅で、通勤路線へ合流するタイミングを調整するのだろう。おかげで私たちはしばらく東高島駅周辺を見物できる。停車中だから席を立って、トイレに行きつつ両側の景色を観察する。右の車窓は住宅密集地。左は青果市場。左後方には高層マンションが建っている。ますます旅客駅を作りたくなってきた。実際に高島線の旅客化を望む声も多く、協議会ができているという。


浄水場付近。空が広く清々しい景色

工場が消え、オフィスと高層マンションが立つ。この傾向が続くと、京浜工業地帯の名は廃れるかもしれない。京浜新都心とか、京浜ベイサイドタウンとか。貨物列車が運ぶモノは消えて、残った線路は旅客化される。乗り鉄としては乗れる路線が増えてうれしい。しかし、この国の将来を思うと、心境は複雑でもある。


複線の終わり付近にあるマンション
1階ロビーのテラスから貨物列車を眺められそう

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
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■著書
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