第525回:椎茸めし vs ギュージンガーサンド - 特急・海幸山幸1 -
駅弁がない。いや、改札外の駅弁売店は開いていた。しかしショーケースはほぼ空っぽ。1種類だけ、地味な掛け紙の「椎茸めし」があった。椎茸が主菜の弁当があるなんて。宮崎と言えば地鶏、チキン南蛮、肉巻きおにぎりのはず。しかし、それらが収まりそうな棚は空っぽ。南国・宮崎の人々は、椎茸で一日を始めるというのか。
宮崎駅、まるでアートだ
風ちゃんは、「椎茸きらいだもーん」と言って、どこかへ消えた。売店のおばちゃんに対して失礼だ。いや、宮崎県民を敵に回したかもしれない。暴動が起きたら差しだそう。しかし、私もとりあえずパスした。空港でチキン南蛮弁当を買っておけば良かった。別の売店で代わりのものを探す。青島名物ういろうという包みに目が止まった。ういろうは名古屋だけの名物ではないらしい。米と砂糖を使った菓子だから、室町時代から米どころ各地で作られていたそうだ。黒糖を使った茶色のういろうと、白いういろうを買った。米製品だから食事代わりになるだろう。そして結局、戻り際に椎茸弁当も買った。宮崎県民に嫌われたくない。
これが宮崎名物のういろうだ
外から駅舎を眺めて、ホームに戻った。さっき列車を降りたときに、次はこのホームだから、と風ちゃんには伝えておいた。私たちはバイク乗りである。ツーリングの時は、休憩地点だけ決めて、それぞれ勝手に走っている。会話はできないし、自分のリズムで走りたいからだ。並ぶときもあれば、離れるときもある。今回は列車の旅だけど、特に決めたわけではなく、バイク乗りの流儀になっている。
ホームで列車を待つ間に、ベンチでういろうの包みを開けてみた。すぐに食べられるように切ってある。親切だ。写真を撮っていると風ちゃんが現れた。コンビニを捜し当て、サンドイッチを買ってきたという。いきなり地方色のないチョイスである。いや、そうでもなかった。自慢げに差し出されたパックに、“ギュージンガーサンド”と書いてある。
そして、ギュージンガー登場
「なんだいギュージンガーって」
「ご当地ヒーローらしいぜ」
携帯端末で調べてみた。
「ホントだ。鹿児島黒牛ギュージンガー・ブラックって、宮崎じゃなくて鹿児島じゃねえか」
「いいじゃん、牛肉だし、うまそうだろ」
椎茸と黒牛では、黒牛の勝ちかもしれない。悔しい。チキン南蛮弁当なら勝てたかもしれない。
観光列車、海幸山幸が入線
09時45分。構内放送が特急“海幸山幸”の到着を告げた。2両編成の白い車体が、ゆっくりとホームに入ってくる。ディーゼルカーだから、電車に比べると騒々しいけれど、白いから上品に見える。2009年から走り始めた新しい列車とはいえ、車両は1988年製の中古品。しかも、台風被害で廃線となった高千穂鉄道から買い取ったトロッコ車両である。見違えるような変身ぶり。まさに色の白さは七難を隠す。いや、難はなかったか。
木材をふんだんに使った客室
“海幸山幸”の白い車体のうち、側面は木の板を貼り付けている。室内も木材をふんだんに使う。木材の温もりのこだわりは、列車のデザイナー、水戸岡鋭治の作風である。水戸岡氏はJR九州で数々の列車を手がけ、他の地方鉄道でも採用されている。いまや日本の観光列車分野には欠かせない人だ。宮崎空港からここまで乗ってきた787系電車も、途中の田吉駅ですれ違った817系電車も水戸岡氏が手がけている。
発車時刻は10時06分だから、20分も前に入線している。これも観光特急らしい良い配慮であった。ほとんどの乗客は珍しい車内を見物し、先頭車付近で記念写真を撮る。しゃれた列車を走らせるために、特急とはいえ時間にゆとりを持たせた。旅立ちの余韻の時間をしっかり用意する。水戸岡デザイン車両の使い方を、JR九州は心得ている。
海幸の室内。座席の他に、自由に集う場所がある
2両編成のうち先頭車が“海幸”、後部車が“山幸”と名付けられていた。自由席は“山幸”の9席だけ。座席のカバーの色が違うからすぐ分かった。早めにホームで待機したおかげで、稀少な座席を確保。ひと安心である。荷物を置き、カメラを持った。他のお客さんが外で記念写真を撮っている間に車内を見物。お客さんが車内に入り込んだ頃に、今度は車体を撮る。我ながら無駄のない動きである。風ちゃんがどこで何をしているかは知らない。
こちらは山幸の室内
発車までの残り10分で弁当を食べてしまおう。椎茸めしの包みを開き、写真を撮る。走行中に撮ると揺れてブレる。それに、動き出したら景色を見たい。手元に注目したらもったいない。主菜が椎茸、という弁当の中身が気になっていた。フタを開ければ、鳥そぼろと玉子の二色弁当で、境目に甘辛く煮た椎茸の切り身が五つ。おかずは玉子焼きと野菜の煮物、酢の物、蒲鉾、漬け物、肉団子。
飾り棚には木のおもちゃ
椎茸めしは、鳥そぼろ弁当と言って差し支えない内容だった。なにもかも椎茸尽くしの真っ黒い弁当を予想していたから安心した。それにしても、なぜ椎茸弁当だろう。また調べてみた。実は宮崎県は干し椎茸の生産量が全国第2位だそうで、江戸時代から献上品として用いられるなど品質が高かったという。日本の干し椎茸の発祥は豊後の国で、生産量も大分県がトップ。似た気候で椎茸を栽培する宮崎県は、長期熟成栽培で差別化をはかったといったところか。
外側にも木の板を貼っている。
椎茸めしは1953年から宮崎駅で販売されているという。なんと、今年で還暦を迎えた伝統の味であった。横川の峠の釜めしより5年も先輩だ。地味な椎茸の弁当しかない、チキン南蛮はどうしたなどと思うなど、大変失礼であった。椎茸弁当に比べたら、ギュージンガーなどひよっ子である。むしろ宮崎県は鹿児島に対抗して、しいたけヒーローを考案すべきだ。しいたけちゃんマンとか、シイケンジャーとか。
「黒毛和牛と椎茸か、これが鍋の中で戦うとなると、ごぼう、しらたき、長ネギも欲しいな……」
「すぎちゃん、なにぶつぶつ言ってんの」
「なんでもない」
発車の時刻はまだか。もう食べ終わったぞ。
椎茸めし、美味
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