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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第542回:ロードサイド記念館 - 指宿枕崎線枕崎駅 -

更新日2015/03/06

枕崎駅に到着してすぐに、私はふたつ後悔をした。ひとつは、駅舎が建築中だったこと、もうひとつは行き止まりの終着駅を訪れたことだ。

枕崎駅に新しい駅舎を建設するというニュースを私は知っていた。枕崎駅はかつてもうすこし先にあり、立派な駅舎を構えていた。その駅舎は国鉄ではなく、1984年まで乗り入れていた鹿児島交通枕崎線が所有していた。鹿児島交通が鉄道事業から撤退したあとも駅舎は残っていた。

枕崎駅舎は鹿児島交通を継承する岩崎コーポレーションが保有し、国鉄に賃貸していた。その契約はJR九州になっても継続した。しかし、2006年の駅周辺の再開発事業にともなって、岩崎コーポレーションが用地をスーパーマーケットに売却してしまう。指宿枕崎線の枕崎駅は敷地から締め出される格好で100メートル手前に移設され、駅舎の無いホームだけの無人駅になってしまった。


建築中の枕崎駅舎

しかし、駅舎の無い駅は寂しいと、市民から駅舎を望む声と寄付が集まり、地元の木材組合が柱の材料を寄付するなどで新駅舎の建設が決まった。これが2012年末のニュース。それから4か月しかたっていない。続報はなかったけれど、もう完成していると思っていた。来てみればまだ工事中である。訪問が早すぎた。もっとも、こちらには誕生月に旅しなくてはいけないという事情があったけれど。完成を見届けたかった。

もうひとつの後悔は、貴重な終着駅を訪問したことだった。日本の鉄道の全路線を踏破するという旅、現在の乗車率は90パーセントを超えている。被災路線の復旧や新路線の開業もあるから、100パーセントにはならないけれど、営業中の路線を乗り尽くしたところが節目になる。その記念すべき場所をどこにすべきか。ぼんやりと考えている。できるものから、行き止まり式の終点の駅がいい。もうその先には線路が無い、というような終着駅にしたい。


旧枕崎駅構内のスーパー
観光案内所に「最南端の終着駅」の文字

しかし、90パーセント以上も乗ると、そうした行き止まり駅のほとんどが訪問済みになってしまった。留萌本線の増毛も訪問済みだし、今回の旅も宮崎空港駅から始めてしまった。旅の始まりだったとは言え、あの駅も行き止まり式の終点だった。そしてこの枕崎駅。最南端の終着駅である。ここが節目にふさわしかったような気がする。もう遅いけれど。JRの路線で残した終着駅は、もう仙崎だけである。関西の私鉄も未乗線が多い。民鉄はゆいレールで締めくくりになりそうだ。


こちらは「日本最南端」。ゆいレール開業前に書かれた?

しかし、うっかり枕崎駅を訪れてしまったからには旅を楽しもう。そう思ったとたんに、新たな後悔に遭遇した。携帯端末の充電残量が終わりかけていた。予備の充電用のバッテリーは持っている。しかし、ケーブルがなかった。もう使わないだろうと思い込み、大きな鞄に詰め込んで、鹿児島中央駅のコインロッカーに入れてしまった。

電話として使っているAndroidの充電残量は十分だ。ケーフルもある。風ちゃんとはぐれても電話は使える。万が一の場合の緊急連絡も可能。時計代わりにもなる。しかし問題はiPhoneのほうだ。車窓を楽しむ旅だから、車中でゲームを遊ぶでもなし、使えなくても不便は無い。しかし、あれば便利である。地図を表示してカーナビのように使えば、景色と見比べて楽しめる。気になった事柄もすぐに検索できる。そして、予備カメラとしても心強い。


本州最南端のソフトバンクショップ(笑)
ここでケーブルを買った。

どこかでケーブルを買えないか……とバスロータリーを見渡せば、なんと通りの向こうにソフトバンクショップがあった。ちょうどいい。そこで買おう。私たちはソフトバンクショップに入り、iPhoneのケーブルを所望した。店員は在庫があると笑顔で応じてくれた。しかし手続きが面倒だ。オンライン端末を操作し、なにやらキーを叩いてプリントアウト。何枚も用紙を印刷して、やっとケーブルと現金を交換できた。たかがケーブル1本だけど、まるで運転免許を更新するような扱いであった。

私たちは約1時間後に出発するバスで加世田へ向かう予定である。携帯電話屋で15分ほど費やして、残りの45分をどうするか。30分程度の見積もりで散歩をしよう。充電中の携帯端末で地図を見る。やっぱり使えれば便利である。目的地を枕崎港に決めて歩き出した。


南薩線を記念した展示

しかし、港へ向かうつもりが、歩き始めてすぐに興味深い展示を見つけた。ビルの柱にオレンジの板をくくりつけ“南薩線歴史年表”を掲げている。ほかの柱も同様の展示物だ。“展示協力南薩鉄道記念館”と書いてある。これはまさしく、私たちが加世田で訪れようとしている建物だ。その一部がここに展示されている。ビルは医療法人の所有らしく、中はひっそりとしている。展示は1階の庇の下だけのようだ。


タブレットと手旗信号

これはまさしく、枕崎駅に乗り入れていた鹿児島交通南薩線を記念する内容であった。南薩線は鹿児島線の伊集院駅と枕崎駅を結んでいた。薩摩半島の西側を経由し、指宿枕崎線と合わせて回遊ルートを作っていた。途中の主要駅、加世田付近からは2本の支線行き列車があった。そのうちのひとつは知覧に達していたという。廃止は1984年。私が高校生の頃だ。惜しくも乗り逃した路線であった。


ベンチは旧枕崎駅舎の柱などを使っているという

展示物は読み物だけではなかった。駅名標やタブレットなどの象徴的な物品もある。床には路線図が描かれていた。経営不振のため廃止となったけれど、市民に愛されていたようだ。廃止の直接のきっかけは豪雨被害だったとのこと。私はこの展示内容に満足した。見終えたあと、まだ時間がありそうだから、急いで港まで歩き、引き返した。港のそばの小さな公園に人魚の像がある。ほかにも駅前通りには彫刻が並ぶ。すべてを見るには時間が足りない。楽しい散歩であった。


床には路線図が描かれている

駅前に戻る。バスの発車まであと10分。旧枕崎駅に建てられたスーパーに入る。入り口を入ってすぐのイベントスペースで、商品販売会が行われている。観客はお年寄りばかり。煽って手を挙げさせて無理やり買わせる催眠商法ではないかと案ずるけれど、まさかこれほど大きなスーパーが詐欺商法に軒を貸すことは無いだろうと思う。


枕崎港の人魚

昼食に、バスの中で食べるパンでも買おうと思ったけれど、朝食を食べ過ぎたようで空腹感がない。風ちゃんはアイスを買っている。私もそれにならって“南国しろくま”を買った。鹿児島名物のかき氷のカップ入り。メーカーはボンタンアメと同じだった。どこかで本場のしろくまを食してみたい。しかしそんな時間は無さそうだった。


昼下がりの漁港は静かだ

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
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