第538回:路面電車乗り直し - 鹿児島市電 鹿児島中央~谷山 -
九州の旅、3日目の朝。今日は少し遅めの出発だ。09時54分発の観光列車“指宿のたまて箱”に乗る。旅も2泊目となれば疲れもたまり、朝寝、二度寝、三度寝もしたくなるだろうと思った。私ではない。相棒の風ちゃんが、である。だから集合時間は09時20分。それぞれ朝食を済ませて、ホテルのロビーで待ち合わせる。
世間一般の見識では、旅とは心身を癒すもの。日常の慌ただしさを忘れて、のんびりゆったり過ごしたいだろう。しかし、私の旅は違う。日が落ちて、飯を食らえば眠るだけ。夜明けに目覚め、行動を開始する。05時30分に起床。テレビニュースを聞きながら湯を沸かし、茶をすすり、身支度を整えた。
花盛りの路面軌道
私はいつもの旅を始めた。昨夜、熊本駅で買った土産物と、昨日まで着ていた衣類、その他もういらない物を紙袋に放り込み、まずは郵便局へ行く。大きな駅のそばには、たいてい大きな郵便局があって、24時間の窓口がある。段ボール箱を買い、中身を詰めて自宅へ送った。少し肌寒く、上着は手元に残す。
6時を少し回った。集合までは3時間以上ある。市電の乗り直しには十分な時間だ。一昨日は夕方から乗って、途中で日が落ちてしまった。再挑戦だ。今回は日没後に訪問した谷山電停へ先に行く。
鹿児島中央駅前の路面軌道は芝生になっている。九州新幹線の開業をきっかけに整備された。まずは鹿児島中央駅前電停から。少しずつ距離を伸ばして、最終的には路面区間はすべて緑化する計画という。アスファルトの地面に対して若草色は目に優しく心地よい。芝に朝露、朝日が当たり、きらめいて見える。景観が良いだけではなく、緑化は温度上昇を抑え、空気を浄化する効果もある。そして、安全対策にもなるだろう。善男善女は整った芝生への立ち入りをためらうものだ。クルマのタイヤで踏みつけようとも思わない。
緑化軌道とセンターポールで景観に配慮
電車は駅前の大通を南下している。鹿児島本線に沿う位置だけど、ビルに阻まれてあちらの線路は見えない。繁華街や雑居ビルが並ぶ地域を通り抜ければ、左手に広い空き地がある。鹿児島市交通局の電車基地予定地だ。交通局の局舎と市電の車両基地、電車の整備工場、変電所が作られる。局舎には見学コースが設置されるそうだ。次に訪れるときのお楽しみである。お楽しみと言えば、鹿児島市電は鹿児島湾付近への延伸も計画されている(*1)。また鹿児島を訪れる機会ができそうだ。
鹿児島大学付近
電車基地建設予定地の隣は鹿児島大学である。併用軌道は大学の敷地に沿うように左へカーブしている。大学内の建物がいくつか見えた。樹木も添えられているけれど、もう少し緑があってもいい。と、思ったら、交差点の先に並木があった。大学の運動場のようだ。電停名は工学部前であった。
群元電停で乗り換え
大学を過ぎると住宅街になり、電車は交差点を左折。そこが終点の郡元電停である。ここで1号系統に乗り継いで、さらに南へ。郡元の次の電停名は涙橋。意味ありげな名前である。東京・品川の立会川にも泪橋がある。江戸時代、鈴ヶ森刑場に向かう罪人とその家族が別れた橋だ。後に調べると、やはり鹿児島の涙橋も刑場へ向かう橋であった。後年は西南戦争の激戦地でもあったという。
立体交差で専用軌道区間の始まり
涙橋を過ぎると、軌道の右側の線路が高架になり、軌道はその線路の下をくぐり抜けた。道路は左へ、軌道は右へ。ここから専用軌道になった。都市近郊の私鉄と変わらない風景で、1両単行の電車ではもったいない線路である。鹿児島市も心得ているようで、近代的な連接車体を導入しはじめている。今後は大柄な連接車が主になるのだろう。それで車庫の移転拡張が必要なわけだ。
専用軌道は普通鉄道の雰囲気
夜と昼とでは景色が違う。右側にときどき単線の線路が現れた。JRの指宿枕崎線である。この併走はつかず離れずの関係で、終点の谷山電停まで続いた。指宿枕崎線の駅は南鹿児島、宇宿、谷山の三つ。市電は南鹿児島駅前から谷山まで七つの電停がある。JRは速度が高く、運行本数は少ない。市電は遅いけれど3分から6分間隔。棲み分けができていると言うべきか、この区間に限ればJRに勝ち目なしというべきか。
谷山電停……の手前で降りた
日本最南端の谷山電停には7時ごろに着いた。屋根のあるホームの手前の降車ホームに停まった。昨夜は奥まで乗せてくれたような気がする。奥に谷山電停が見えて、すべてのホームに電車が停まっていた。ここで降りなくてはいけないようで、降車客の流れに合わせて歩く。国道沿いの道を駅舎へ向かう。
お菓子の家のような谷山電停
谷山電停のそばに指宿枕崎線の線路がある。しかし駅はない。携帯端末で地図を見ると、JRの谷山駅はもっと南、小さな川を渡った向こう側にあるようだ。路面電車を延伸して谷山駅で接続すれば便利だと思う。実際にそんな構想もあったようだけど、交通量の多い道路に踏切を作りたくないと断念されたらしい。道路交通量は確かに多いようで、指宿枕崎線の踏切の横に、連続立体交差事業を説明する看板がある。一緒に市電の高架も作ったらいいと思うけれども、余所者の戯れ言である。
構内は電車2本が停車できる
すこし周辺を散歩したい気分だ。しかしこの時間で開いている店と言えばコンビニくらいであろう。日本最南端電停の記念碑が朝日に輝く。それを眺めて満足し、鹿児島駅前行きの電車に乗った。待ち合わせまであと2時間。途中で市電の車庫を見物する時間もできそうだ。
谷山電停のそばに指宿枕崎線の踏切
(*1) 2013年4月の情報 翌月に市長が計画の白紙撤回を示唆。
-…つづく
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