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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第507回:鉄道遍路の区切り打ち - 高松琴平電鉄長尾線 -

更新日2014/04/03


八栗駅から志度線に乗って瓦町駅へ。次は長尾線に乗る。志度線のホームを階段で上がり、また動く歩道を乗り継ぐ。しかし琴平線のホームには戻らず、長尾線のホームに降り立つ。琴平線は島式ホームに上り下りの乗り場があって、長尾線はホーム1本に上下線が発着する。単線だし、これで充分ということらしい。ビルの中のホームは薄暗く、地下鉄の駅のようだ。電灯は充分ある。しかし、この寂しさは肌寒いからだろうか。いまこそ讃岐うどんを食べたい。しかし立ち食いうどん屋がない。まちなかで手軽に食べられるものを、わざわざ駅のホームで食べるか、という“うどん県”の意地かもしれない。


長尾線ホームへ向かう階段にあったマナーポスター
“ぶっりょる”は(音が)漏れる、という意味

時計と行程表を比較する。かなり回復して22分遅れである。八栗でタクシーに乗ったから、短縮した時間だけ繰り上がった。13時33分発の長尾行き電車は青緑色。番号は1251。元京急電鉄の電車である。大きな片開きドアが懐かしい。京急は一時期、片開き扉にこだわったと聞いた。両開きも片開きもドア開閉の時間は同じ。乗降の効率も変わらない。ならば機構が簡素な片開きがいいと判断したそうだ。しかし、現在の京急の電車は両開き扉が多い。両扉タイプが進化したか、量産化で価格が下がったか。どちらだろう。


長尾線は青緑の電車

瓦町を発車した電車は、しばらく屋根の下を走る。雪国でもないのに珍しい。衛星写真で見ると、この屋根の上は公園になっているようだ。屋根の下に踏切もある。単線だと思った線路がふたつに分かれて複線になった……と思ったら、これは留置線。ふたつ目の踏切は単線で通過。その先にまた偽の複線があって、単線に戻って花園駅。ここで上り列車と交換。上下の列車がここで待ち合わせて、交代で瓦町駅を使う。

この先はまっすぐな線路。そして左へゆるく大きなカーブ。またまっすぐな線路。町中をカーブで抜けて、そこから目的地まで直線。これは古い鉄道路線らしい線路の形である。長尾線は明治45年の開業で、その目的は長尾寺への参詣客輸送だったという。


京急出身の出自を示すプレート

車窓は住宅の数が減り、畑が増えつつある。開業同時は民家も少なかったに違いない。線路に沿って長尾街道が通っている。この道が古くて長い参道で、線路が新たな参道であろう。民家と畑の風景が、民家と水田に変わり、水田が増えてきた。水利が良いのかなと思っていると川を渡る。納得である。鉄橋はそのまま高架区間になって、広い道路を越えると水田駅に着いた。上り電車とすれ違う。

高架区間はさらに続く。電車は高速道路の下を通ってまた川を渡り、そこで地上に降りた。水田の風景、建物が増えて駅。学園通り駅のそばにショッピングモールがある。全国チェーンの店舗ではなく、この地域の商業組合が運営しているという。商店街をまとめてビルにしたという体裁だ。利害の調整が難しかっただろうな、と思う。


住宅、畑、川、高速道路……

車窓左手、水田の向こうに小さな山が現れた。小さいが良い形だ。三木富士と呼ばれているという。正しくは白山で、しらやまと読む。水滴が流れる窓ガラスの向こう、住宅と畑と水田の車窓に飽きた頃に、小さな富士山が現れた。これが長尾線の車窓のハイライトであった。

白山の側の駅は白山駅。次は井戸駅。その次が難読駅の公文明駅で、くもんみょうと読む。由来は付近の地名だ。地名の由来は、律令時代に公文書を扱う官吏の役職が公文、公文の役所は経費を賄うために田畑を有していた。それが公文名で、公文明とも書くとのこと。こんな片田舎で公文書を管理しただろうか、と思う一方で、寺社が多い地域なら、そうした部署があってもおかしくはない、とも思う。


雨に曇る車窓から白山を見る

電車は川を渡った。鉄橋の手前が公文明という地名で、鉄橋の向こうの地名は初音。音声合成ソフトのファンが喜びそうな地名だけど、残念ながら駅はない。公文明駅の次が終点の長尾駅。線路が2本あって、ホームは片方の線路だけ。その線路とホームはゆるいカーブになっている。これは建設当時、将来の延伸を考慮したためらしい。まっすぐ延伸すると長尾寺に当たってしまうため、北側に逸れる方向とした。

1912(明治45)年、高松電気鉄道は白鳥本町へ延伸する免許を得た。白鳥本町は20km以上も先の海沿いの町で、高徳線の讃岐白鳥駅があるあたりだろうか。ちなみに、現在の長尾線は瓦町から長尾駅まで14.6km。完成すれば30km以上という、当時としては壮大な計画である。しかも、免許を受けた当時、高徳線は全通していない。長尾線が完成していたら、高松と徳島を結ぶルートはこちらになっていたかもしれない。


長尾駅に到着。ホームがカーブしている

駅前に周辺案内図があった。延伸計画が迂回したという長尾寺が近い。志度線志度駅と志度寺も図の下の方にあった。高徳線の造田駅までは約3km。なるほど、小一時間の散歩を見込めば、琴電志度線と長尾線は回遊ルートになるようだ。行きに八栗に寄れば実現したルートである。志度寺は86番札所、長尾寺は87番札所だから、お遍路さんには承前のルートだろうか。

86、87ときて、ラストナンバーの88番札所はどこかと探すと、女体山の向こう側の大窪寺だ。クルマでおよそ50分。さすがにそこまでは行けない。雨は小降りになっている。近所の長尾寺に行ってみた。天台宗のお寺である。建立は奈良時代、行基という僧侶による。後に日本初の大僧正となり、奈良の大仏の建立責任者となる人物である。平安時代に空海が長尾寺を訪れ、87番札所として定めた。


長尾駅舎は2階建ての洒落た家のよう

四国八十八ヶ所は後の弘法大師、空海に由来し、ほとんどが高野山の真言宗の寺という。しかし天台宗、浄土宗、曹洞宗、臨済宗も混じる。建立時期も奈良時代、鎌倉時代、江戸時代とさまざまだ。歴史としては空海の巡礼だが、しばらくは空海の弟子など僧の荒修行の場であった。巡礼の流行は江戸時代。明治時代の神仏分離令、廃仏毀釈、分離独立などによって札所は移り変わった。現在の八十八ヶ所札所は1993年に定まったという。つい最近の話である。


長尾寺。左が本殿、右が大師堂


重要文化財の“経幢”は、経文を収め供養する標識

現代の四国遍路は観光化が進み、スタンプラリーの始祖などと揶揄されている。人々が訪問の証拠として札を納め、朱印をいただくからであろう。しかし巡礼の修行者たちはかたちを求めなかったと思う。空海はどんなつもりで札所を定めたか。宗教の発展のため、さらに四国の発展のためだと考えたなら、1000年先を見通していたといえる。やっぱり空海はすごい人だ。

四国八十八ヶ所巡礼は、一度の旅ですべてを回れば“通し打ち”、何度かに分割して巡ると“区切り打ち”と言うそうだ。ならば今回の私は86番と87番の区切り打ちである。すべて回れば結願成就。そして空海のおはす高野山に詣でて満願成就となる。もっとも私は札も納めず、朱印も戴かない。修行者を気取るつもりはなく、ただ面倒なだけであった。

私の旅は鉄道遍路の区切り打ち。納める札も朱印もない。ただ日記に記すのみ。修行者のようだと自分を笑う。結願したら、青山墓地の宮脇俊三墓所を参拝し、満願成就としよう。

…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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