第540回:“いぶたま”と謎のロケット - 指宿枕崎線 鹿児島中央 - 指宿 -
ホテルのフロントでチェックアウト。風ちゃんはもうロビーで待っていてくれた。夕方にいったん戻ってくる予定だから、不要な荷物はコインロッカーに預けた。ホテルに隣接した鹿児島中央駅の改札を通る。これから乗る列車は09時54分発の“指宿のたまて箱”だ。通称“いぶたま”。JR最南端の鉄道路線、指宿枕崎線を走る観光列車で、デザインはもちろん水戸岡鋭治氏。
あしゅら男爵と観覧車
はたしてその外観が奇抜である。キハ47形という気動車を改造し、進行方向に向かって左側が白、右側が黒。これは……。
「あしゅら男爵だよなあ」
「赤と青だったらキカイダーだったね」
あしゅら男爵とは、ロボットアニメ『マジンガーゼット』の敵の指揮官で、体の片側が色白の女、もう片側が浅黒い男という不気味な人物。右を向いたり左を向いたりすると、男と女の声が入れ替わる。白と黒の半身の姿が、指宿のたまて箱の車両に通じる。
キカイダーとは、特撮ヒーロードラマ『人造人間キカイダー』の主人公。半身が赤で半身が青。人体模型にヒントを得て、静脈の青は正義の心、動脈の赤は悪の心を示すという。頭部は透明で、脳に当たる部分に機械が詰まっていた。正義のヒーローとしては不気味なデザインだ。
どちらも1972年のテレビ作品で、40代半ばの私たちにとっては共通体験と言っていい。とはいえ、水戸岡鋭治先生の渾身の作品をないがしろにする言動である。なんだか申し訳ない。でも、どうして白黒かとも思う。たまて箱の名が付くように、この列車は浦島太郎の伝説をテーマとしている。浦島太郎の黒い髪が、玉手箱を開けると白髪になってしまう。それが車体の色になったか。そして、たまて箱のテーマ通りに、乗降扉からは煙のようなドライミストが噴射される。この演出は旅番組などで有名になった。
向かい側のホームから列車の写真を撮る。日陰から黒い側面を撮っている形で、なんだか冴えない。ホームの屋根の向こうに赤い観覧車があって、それを入れた構図にすると見栄えが出た。ホームから白い側の写真も撮った。改造前のキハ47は白地に青帯だから、代わり映えしないかもしれないと思っていたら、車体中央に大きな窓が作られていた。大胆なデザインだ。
ベビーサークルもある客室
車内は盛況だ。子供を連れた家族や若いグループ、老夫婦などで満席である。異形の外観とは違って、木材や織物をふんだんに使った明るい内装である。座席の配置がさまざまで、窓に沿ってカウンターを作り、バーのようにしつらえた席、その通路を挟んだ反対側は窓に背を向け、床を嵩上げしてバーカウンター越しの窓を眺める席になっている。どちらの席からも海を眺める配置だ。そのほかに二人掛けの席もある。
海の眺望に配慮した座席配置
さて、私たちの席は、ややハズレという印象だ。二人掛けの席に隣同士だけどドアの真横。座ってみると正面は出入り口を隠すように衝立があり、窓の位置から少し外れている。顔を横に向ければドアの格納部分で、改造前にあったはずの窓は木目の壁になっている。ようするに景色は見えない。逆方向に席を回転すれば良さそうだけど、見知らぬ人と対面するために、進行方向の逆を向いてもどうかと思う。
景色が見えない席はかえって珍しい?
これは不気味な外観になぞらえたバチか。運が悪いか。そういえば、今日の牡羊座の運勢は下から2番目だった。いや、こんなに混雑する時期に、乗車2日前の手配でチケットを入手できたから、悪運が強いともいえる。悪運がつかんだ席にふさわしい場所かもしれない。
“指宿のたまて箱”の枕崎までの所要時間は約50分だ。短い間だから、座席でくつろぐよりは見物していこう。私は自分の座席を荷物置き場と割り切って、2号車海側の扉の横に立った。座席の横の窓はそれそれ割り当てられた人がいる。扉の窓こそ開放地区である。風ちゃんもどこかへ行ってしまった。
鹿児島市電の線路と並んだ
鹿児島中央駅を出発すると、すぐに車両基地の眺めである。白地に青帯のディーゼルカーが並ぶ中、銀色車体に黒い顔の817系電車が停まっている。この電車も水戸岡鋭治氏のデザインだ。彼は黒が好きなのだろうか。たるみのある造形を引き締める効果を狙っているかもしれない。
そんなことを考えつつ、小さな車庫の手前に車掌車をみつけた。かつて、貨物列車の最後尾に連結した車両である。内部は貨物車掌のための小さな事務室になっている。貨物車掌が廃止されてから、車掌車もかなり廃車されたはず。貴重な車両を見かけて嬉しい。この時点で、この列車に乗っている男の子と同じレベルになっている。あしゅら男爵とキカイダーを思い出し、童心に返った……わけではない。私はいつもこうだ。
“指宿のたまて箱”は観光列車とはいえ特急列車である。途中の停車駅は約30分後の喜入駅のみ。列車の速度は速い。鹿児島の街並みを通り抜けると、複線電化の線路が寄り添う。さっき、私ひとりで往復した鹿児島市電の線路だ。ディーゼルカーとはいえ、路面電車に比べるとやはり速い。線路の先を追って見たら、終点の谷山電停が現れて、後ろに去って行った。
えっ、ロケット?
車内ではアテンダントによる案内放送が流れている。しかし列車の音、乗客の話し声にかき消されている。車窓は市街地が続いているけれど、線路が高台になったので、海の向こうの桜島が見える。きっと観光案内は桜島の話だろうと思う。
そして線路はようやく海沿いになった。鹿児島湾を間近に眺め、きっと観光案内も海の話だ。私も海を眺めていたけれど、ふと、陸側の窓を見たら、なにやら白い塔のような建物が見えた。妙な形が気になって、最後尾車両まで歩き、運転室の窓から覗く。あれはロケットだ。なぜあそこにロケットがあるか不明だ。まさかアレが打ち上げられるわけはないよな……と不思議に思った。
旅の後で地図を調べると、あのロケットのある場所は錦江湾公園。国産ロケットH-II型の実物大模型だという。この公園には電波望遠鏡もあるそうで、宇宙に縁がある。そういえば、ロケットの打ち上げで知られる種子島は鹿児島県で、鹿児島港から船が出ている。
列車はずっと海沿いを走っている。青い海を見ながら、お客さんたちはしゃべったり、車内販売のお菓子を食べたりと遠足気分だ。唯一の停車駅、喜入に停まった。しかし、こんな楽しい列車を降りる客はいないし、途中から乗る客はよほど急ぎの用がある人だけだろう。乗降扉が開き、たまて箱の煙が出る様子を、乗降口から身を乗り出して撮影した。
喜入駅、たまて箱の煙を眺める
指宿枕崎線は鉄道好きにとってはJR最南端の路線として知られているけれど、一般にはあまり知られていない地味な路線であった。もちろん赤字ローカル線のはずだ。そこにこんな面白い観光特急を1日に3往復も走らせて、3両編成が満員である。もともと景色が良いこともあるし、海が見える路線などほかにもある。しかし、やはり観光列車という仕掛けが楽しい。JR九州は粋な鉄道会社だと思う。
知林ヶ島、歩いて渡れる時もある
もうすぐ枕崎駅。海と海岸線の景色も終盤である。車窓には知林ヶ島が見えた。観光案内を注意深く聞くと、桜島が陸続きになって以降、鹿児島湾で最も大きな島だという。しかしここも引き潮になると砂州が現れ、歩いて渡れるようになるそうだ。それはちょっと面白そうだ。
指宿駅に到着。同型とは思えない並び
知林ヶ島が手前の山に隠れると、線路は海岸線を離れた。指宿駅には10時46分に到着。駅前に大きなソテツと椰子の木が立ち、竜宮城を模した看板がある。南国の空、南国の駅。“指宿のたまて箱”が回送で引き上げていく。海を眺める観光列車は気持ちをおおらかにしてくれた。そしてまだ終わらない。私たちの指宿枕崎線の旅はまだ半分であった。
南国感たっぷりの駅前広場
-…つづく
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