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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第518回:189系団体列車 - ぐるり貨物線大宮号1 -

更新日2014/06/26


乗り鉄にとって、線路は二種類しかない。乗れる線路と乗れない線路だ。この大前提にとって、軌間の違いや電化方式などは些末な違いだ。どんなにがんばったって、旅客列車が営業しない線路は乗れない。たとえば車庫に続く線路や貨物専用線だ。悔しいが、そこは鉄道職員のみなさんが働く場所であって、私にとっては神聖で侵さざる領域である。

しかし、私のような俗物は、神聖だからこそ近づきたいと願う。最近は貨物列車の運転室展望なるビデオが販売されている。せめて景色だけでも観たいと手を伸ばす。画面を通して景色を見れば、ますます乗ってみたいという思いは高まる。目前にニンジンをぶら下げられた馬のようだと書きたいけれど、馬は動画のニンジンにも反応するだろうか。


今回は団体旅行に参加

鉄道会社は時々、そんな馬、いや私に手をさしのべてくれる。車両基地見学会を開き、駅と車両基地の間で送迎電車を走らせる。貨物線乗車ツアーを開催する。お役所だった国鉄時代と比べて、民営化されたJRはファンを大切にしてくれる。ありがたき幸せ。ただし、開催日はたいてい週末だ。世間は休日だから当然の成り行きだけど、私は週末に外せない仕事がある。こればかりは私の都合だから仕方ない。

ところが、JR東日本は私のような俗物を見捨てなかった。2013年3月20日水曜日。春分の日に貨物線ツアーを開催してくれた。品川駅を出発し、貨物線を巡って大宮駅で解散。料金は鉄道博物館の入場料と館内売店の1,000円分のクーポンがついて6,500円。私は募集開始日に申し込んだ。次がいつかわからない。このチャンスを逃してなるものか。


品川から茅ヶ崎行きと、茅ヶ崎から大宮行き。連続乗車券扱いだ

集合場所は品川駅8番ホーム。ふだんはあまり使われない団体列車専用だ。時々“修学旅行”と表示した特急車両が停まっている。私たちも貸し切り列車の団体旅行。まずは珍しい体験となった。

08時にホームに着く。ホームの東京駅寄りに参加者がひとかたまり集まって、列車の入線を待っている。団体列車は品川駅の北側、田町電車区からやってくる。集合時刻は08時25分。臨時列車“ぐるり貨物線大宮号”の発車予定は08時35分。どこかに受付のテーブルがあるわけではなく、わずか10分で点呼を取るかと思ったら、そんな手続きもなかった。


品川駅は東北縦貫線受け入れ準備工事中

列車の到着を撮影し、前後の先頭車を撮影する。車両は183系電車。先頭車は横川軽井沢間の機関車連結に対応したクハ189。クリーム色で窓周りに赤い帯。運転台が高く、張り出しの大きな顔つき。先頭車のあだ名はゲンコツ、または電気釜。国鉄時代に各地で見られた形である。車体はかなり汚れている。製造から40年くらい経っていると思う。数年前までムーンライトながらの臨時便に使われていた。廃車が近いかもしれず、私にとっては今回が乗り納めかもしれない。

先頭車のヘッドサインは“団体”であった。それを背景に、女性の二人組が記念撮影している。定期便の特急列車とあまり変わらない光景であった。ホームには添乗員と思わしきスーツ姿の女性がいて、駅員や車掌と話しつつ、参加者の問い合わせに応じている。参加者は車内で大宴会を開くような客層ではなく、おとなしい鉄道好き。目配りで安全を確認する程度らしい。つまり、良い客である。


車両基地から国鉄型が入線

案内放送があり、参加者は乗車せよと促される。先頭車から乗って自分の席まで、いくつかの車両を通り過ぎる。私のようなむさ苦しい男ばかりかと思っていたけれど、意外にも女性客が多い。一人旅風であったり、グループだったり。家族連れもいる。ベビーカーもあった。鉄道趣味は男性的とは昔の話。最近は女性もよく見かける。それでも、貨物線ツアーというマニアックな行路にしては華やかだ。手軽な日帰り鉄道旅だからかもしれない。

そして早くも駅弁を食べる人たちがいる。列車の旅では駅弁を食べねばならぬ。私に年齢に近い世代のグループであった。この人たちの旅の動機は貨物線ではなく「列車内で駅弁を食べたい」だろうか。列車の旅を体験してみたい。でも遠くへ行きくほどではない。そこそこの距離で日帰りで、列車の旅をしたかった。貨物線巡りはキッカケにすぎなかった。そうだとすれば、貨物線に乗りたくても満席だった人には気の毒だ。その一方で、キッカケがあれば列車で旅をしたいという人は、私が思っている以上に多いかもしれない。


かなり古い車両だ。汚れがひどい


私の指定席は2号車。窓際の席に座ると、間をおかずに列車が発車した。車内放送でようやく参加者に挨拶と謝辞があった。ツアーの始まりである。しかし、私にとって、今朝は昨日の旅の続きという気分でもある。3日前の夜に東京を発ち、高松と岡山、広島を巡って、昨日の深夜に自宅に戻った。数時間の滞在で、また家を出て列車に乗っている。そして10日後には九州へ向かう予定であった。金と暇と機会の都合で旅は重なる。

列車は東海道線の臨時ホームを発車して、ガタガタとポイントを渡り、横須賀線に入った。早くも貨物線の旅である。この線路はふだん横須賀線の電車が走っているけれど、正しくは東海道貨物支線である。横須賀線が走り出す前は、地元の人々も品鶴線と呼んでいた。横須賀線の運転開始は1980年からだ。


横須賀線に入り、京浜東北線と東海道線をまたぐ

ここは何度か通った道だから珍しさはないと思っていたら、武蔵小杉駅で停車した。武蔵小杉は南武線と東急東横線の駅だった。品鶴線は少し離れたところを通っていた。そこに、2010年に横須賀線用のホームが新設された。深夜の列車で一度通っているけれど、昼間の様子を初めて見た。ホームで電車を待つ人が珍しそうにこちらを眺めている。

あちらは日常、こちらは非常。貴重な体験に優越感を抱いた。この優越感は軋轢がなくてよろしい。なにしろ向こうはこちらの優越感の意味を知らない。ゆえに劣等感の持ちようがない。あれ、そうすると優越感は間違いか。自己満足のほうが正しいようだ。


武蔵小杉駅で停車

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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■著書
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