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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第506回:庵治石の町 - 八栗ケーブル -

更新日2014/03/27


琴電志度駅の待合コーナーの掲示板に、お客様の要望と琴電からの回答が掲出されていた。できること、できないこと。丁寧な文章で、琴電への好感度が高まる。掲載されないまでも、読むに堪えない文句や苦情も多いだろう。担当者は苦労しているだろうと思う。しかし、こういう地道な企業活動は大事だ。

カートのお婆さんがやってきた。私と同じ電車で琴電志度駅にやってきた人だ。買い物か、通院か。年寄りが、子供や孫のクルマに頼らず、自分で電車に乗って移動する。これもまた良いことである。そんな感想を持ちながら、おばあさんに続いて電車に乗った。11時ちょうど発車。曇り空は暗くなってきた。大町駅に停車中に女の子の声で、「あめふってきたよ」と聞こえた。雨か。


八栗駅前に石のジオラマ。ここは石の産地

八栗駅からケーブル駅までは歩くつもりだった。傘を差して歩くか、タクシーか。駅を出て少し迷っていると、雨粒が大きくなっている。やっぱりタクシーにするか。鞄を引きずって、琴電志度行きの車窓から見えたタクシー会社に行く。クルマ5台くらいは待機できそうな車庫の隅に、小さな事務所がある。そこを、最後の1台のタクシーが出て行った。なかなか繁盛しているらしい。

出払ってしまったか……くるりと向きを変えると、背中から声がかかった。「お客さんですか、もうすぐ1台きますから」と呼び止められる。振り向けば、なかなかハンサムな配車係である。そして気が利く。地元のおばさまたちのアイドルかもしれない。それはともかく、せっかく呼び止めてもらったから、やっぱりタクシーに乗った。

くねくねと上り坂を進む。タクシーで正解だ。「隣の山は石を切り出して崩れちゃったんですよ。アジイシってね。いい石なんです」と初老の運転士が言った。アジイシは庵治石と書く。花崗岩としてはキメが細かく、色合いと光沢、重量感で人気があるという。平安時代に京都で使われた記録があり、輸出もしているそうだ。


八栗ケーブル八栗登山口駅

ケーブルカーの駅までは700円。タクシーはしばらく駐車場に停まっていた。私と入れ替わりに帰る客を待っているようだ。しかし、平日の雨の日である。ケーブルカーを降りてくる客はいない。やがてタクシーは戻っていった。さっきのイケメンに呼ばれたのだろうか。

ケーブルカーは見晴らしの良いところへ行くための乗り物だ。雨の日である。残念だが、パンフレットは晴天の風景しか紹介されない。つまり、雨の風景は現地に行かなければ見られない景色である。負け惜しみとも言えるけれど、なにごとも前向きに考える。待合室には老夫婦がひと組。巡るところは同じだから、挨拶くらいしておこうか。いや、どうも仲良くふたりの世界を楽しんでいるようだ。


ふくれっ面のケーブルカー車両

八栗ケーブルの車両は大柄で、100人以上乗れそうである。ボディは白。オレンジ色のボンネットが出っ張り、前照灯あたりは1960年代のアメ車のようなデザインでレトロ感がある。ほっぺを膨らませた子供のような顔とも言える。上り側の一番前の席に座って出発を待つ。運転台には中年の女性係員が座った。険しい表情をしている。安全を守る仕事です。愛想は出しません、という構えである。頼もしい。


雨の中、林の斜面を登っていく

動いている間は前方を眺める。線路は684メートル。高低差は167メートル。いきなり急勾配で、自転車くらいの速度で動いている。勾配は緩いところで11度、もっとも急なところは16度という。前半は林の中を進み、途中の交換所で下りの青い車体とすれ違った。後半は切り通しを進んだ。パンフレットの写真を見ると、斜面の上の木々は桜らしい。残念ながら、またひとつも咲いていなかった。


緑色の2号車とすれ違った

八栗山頂駅に着けば、85番札所の八栗寺にお参りするしかない。参詣のためのケーブルカーだから当たり前である。ケーブルカーで相席となった老夫婦とは同じコースを歩く。仲むつまじきふたりを、つかず離れず追う形になっている。真っ赤な大師堂を見上げ、以空上人像を過ぎて本堂へ。老夫婦が般若心経を唱えていた。ありがたいと思い、側にたたずみ聞かせていただいた。ここでようやく目が合い、お礼を申し上げる。このあと、老夫婦はしばらく留まるようだ。


八栗寺に参る

道なりに歩いて行くと展望台をみつけた。あいにくの曇天だが視界は悪くない。右手にテーブルのような姿の屋島が見える。携帯端末の地図を見ると、左手の低い山は稲荷山らしい。ふたつの山の間が高松市街だ。晴れた日は夜景の眺めも良さそうな場所であった。

八国寺はもともと四方八国を見渡せるとして八国寺という名だったという。弘法大師が唐へ行く前に八個の焼き栗を植えて旅の成功を祈願し、帰国後にまたここを訪れると、焼けて芽が出ないはずの栗が芽吹いていた。そこで八栗寺に改名されたとのこと。八栗寺のある五剣山の名も弘法大師に由来する。大師が修行していたところ、天から五つの剣が振り、山の鎮守が現れたという。


展望台で大師様に迎えられる


高松市街を望む

ケーブルカーの駅に戻る。老夫婦はいなかった。12時15分発のケーブルカーで降りる。だいたい1時間の滞在であった。ケーブルカーの時刻表を見ると、17時15分が最終で、残念ながら夜景の時間の便はなかった。係員に夏の夜は増発するかと訊ねてみたが、年末年始以外は同じだという。
「紅葉もよそに勝るわけでもないし、ここは普通の山なんですよ。春これからが一番いい景色かもしれません」。


石屋さん。墓石のほかに招き猫やフクロウ形の灯籠も

雨は本降りになっていた。タクシーを呼ぼうかと思ったけれど、ここで待つより歩いたほうが早いような気がする。いや、雨の中を歩いてみたくなった。ずっと下り坂である。一本道ではなかったけれど、とにかく降りていくほうの道をたどり、20分ほどで八栗駅に着いた。途中で石屋さんがいくつかあって、デザインされた墓石や、動物をかたどった庭石が面白い。

道ばたに数珠掛孫兵衛久重の墓がある。土佐の長宗我部軍の家臣として八栗城を攻め、城主までたどり着き討たれたと書いてあった。長宗我部軍は戦勝して当地を支配しているから、城主を追い詰めた軍功を称えたというところか。歴史上無名なるも、かなりの功績が伝えられたに違いない。こういうものを見つけると、歩いて良かったと思う。


数珠掛孫兵衛久重。大切にされている

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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