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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第508回:夕暮れの梅 - 高松琴平電鉄琴平線 -

更新日2014/04/17


長尾寺をひとめぐりして長尾駅に向かう。腹が減っているけれど、駅の周辺に飲食店がない。うどん屋も見つけられない。うどん県はコンビニよりうどん屋のほうが多いという話ではなかったか。八十八ヶ所のお寺につき、ひとつやふたつのうどん屋があってもいいはずだ。お遍路さんたちの食事はどうする。宿で握り飯を包んでもらう習わしだろうか。

『カラオケ お好み焼き 定食500円』という看板があった。どこか寂しそうで、落ち着きもなさそうだ。空腹もまた良し。ゆるい足取りで、長尾駅には14時30分ピッタリに着いた。時刻表を見ると2分前に列車が出て行ったばかりだ。20分間隔の運行で、次の発車時刻は14時48分。なんと、当初の予定通りになった。これは良いことだ。カーナビのルートに適帰したような、ホッとした気持ちになる。

駅前のベンチに座り、携帯端末をいじって時間をつぶす。その画面にときどき水滴が落ちる。また雨が降り出した。私は帰りに金比羅様へお参りしようと思っている。長い階段がある。カッパか帽子がほしい。しかし店はない。ときおりジェット機の音が聞こえる。ここは高松空港の航空機発着ルートの直下になっているらしい。

長尾からの電車の中で、金比羅様参りの段取りを考える。長い階段が気になって仕方ない。どこかで荷物を預けたい。たぶん鞄は10kgほどの重さがあるはず。雨が降り出したから合羽か傘が必要だ。お遍路さんのような、すり鉢のような編み笠を被ってみたい。窓ガラス。雨だれが斜めに張り付く。電車の速度が高まるほど、角度が浅くなっていく。幹線の特急のような真横の線にはならない。新幹線くらいの速度になると雨粒は吹き飛ばされてしまう。

運転室の後ろに立った。ここからは景色が見える。通ってきた線路を逆にたどる。いくつかの電車とすれ違う。京王や京急から来た電車に混じって、志度線のような名古屋市営地下鉄からの転属組も走っている。地下鉄の電車は細身だから、電車とホームの間が広く空いている。転落防止のため、乗降扉の下に銀色のステップが着いている。


7年ぶりの琴平線

高松築港まで行かず、瓦町で琴平線に乗り換えた。7年前の春に乗った路線である。あのときは曇天で、今日は雨天。今日の車窓は悲しげである。前回は帰路の航空便までの時間つぶしをかねて乗った。あのとき乗っておいて良かった。ならば今回は乗らなくてもいいかというと、そんなことはない。あのときは立ち寄らなかった金比羅様にお参りしたい。琴平駅まで行って金比羅様に行かないとは、長い間の心残りであった。鉄道好きというだけなら気にしないけれど、歳を取るにつれて欲張りになってきた。それなりに著名なところには行ってみたい。

瓦町駅15時32分発の琴平行きは込んでいる。ほとんどが高校生で、残りは大人たち。ビジネススーツ姿ではなかった。美容院の帰りか、商売人といったところか。車窓をちらちらと眺めつつ、老若男女の会話に聞き耳を立てている。地方鉄道が盛況で、良いことであった。終点の琴電琴平駅へ向かって、お客はだんだん減っていく。ロングシートに空席も目立つ。そして空腹を思い出す。

空腹になると頭脳が冴える。獲物のありかに思いを巡らす。私は狩猟民族だろうか。そしてとうとう、菓子パンを持っていると思い出した。昨夜、東京駅で買って、サンライズの車内で食べなかった。鞄の奧から引っ張り出して食べた。食べ終わる頃に車窓が少し明るくなって、車窓の左手に形の良い山が見えている。大高見峰、標高504m。地元の小学生が遠足で行くそうで、「たかんぼさん」と呼ばれているらしい。

琴電琴平駅に16時32分着。観光を始めるには少し遅い。しかし神社は年中無休、24時間いつでもお参りできるはずだ。私は携帯端末の地図を見ながら、商店街を歩いた。ありがたいことに雨は止んだ。合羽も傘もいらない。そして、うどんを出す店がいくつかある。ためらわず暖簾をくぐった。半端な時間だから客は私だけ。調理場は仕込みの時間のようで活気がある。湯が整っていたらしく、うどんはすぐに出てきた。やっと温かいうどんにありついた。


やっと讃岐うどんを食べる

汗ばみつつ参道を歩く。これから長い階段が始まるというあたりが、ちょっと広くなっている。その道ばたの、ジュースの自動販売機を置きそうなところにコインロッカーが並んでいる。錆びていないかと心配になったけれど、箱の中は乾いていて、鍵も料金箱もきちんと動いた。カメラと財布だけという身軽な姿で歩き出し、途中にある店で杖を買う。大山ケーブルのコマ参道で足が動かなくなった。あの教訓がある。杖は必要だ。


長い階段の始まり

日没となり、少しずつ風景は色を失う。道も建物も灰色になり曇天の空色と同化する。そんな道すがら、満開の梅の花が現れる。ピンク色と白色の花の群れが、灰色の風景の中で鮮やかに浮かび上がった。ああ、曇天の夕暮れも悪くないな。長い階段をさらに進めば、周囲は褪せたような緑色に包まれる。石畳の階段。人に踏まれないところに苔がある。入山、という言葉が浮かぶ。


灰色の空に梅の色が際立つ

すれ違う人ばかり、こちらはそろそろ息切れで、挨拶の声もだんだん小さくなる。私のほかにも階段を上る人々がいて、なんとなく励まされる。向こうも私を見て同じ気持ちかもしれない。黙々と階段を上りつめ、本宮にたどり着く。


本宮に参拝。7年の心残りを拭う

参拝し、社の建物を眺める。船をかたどったか、高床式の社殿がある。床の下は絵馬が並んでいた。裏に回ると客船や巡視船などの写真が掲げられている。新造船の進水式の祈願、航海の安全を願う奉納だろうか。金比羅様は船の神である。そうだ、明日の朝は船旅から始まる。もういちどお参りして安全祈願としよう。


高松市街の景色は霞んでいた

境内からは高松の町を展望できた。そこからさらに上っていけば厳魂神社がある。そこまで歩いて行き来して、どのくらいの時間がかかるだろう。すでに辺りは暗くなっている。行ってみたいけれど、遅い。行きつ戻りつを数回繰り返す。カメラを持った青年がいて、「ここから上まで、どのくらいかかるでしょう」と言う。私は、「わからないけれど、私はもうここで引き返すよ」と言ってしまった。つい本音が出た。


絵馬を奉納する高床式の建物


その裏側は船だらけ

私は苦笑しつつ、長い階段を降り始めた。ここでまた心残りを作れば、こんど誰かと来たときに、共に見知らぬ場所へ行ける。そのほうが楽しいかもしれない。だからここで引き上げて、高松でメシを食ってホテルに入ろう。明日の朝はかなり早い。


帰路は夕闇の中

…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

<<杉山淳一の著書>>

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