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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第505回:源内さんの謎 - 高松琴平電鉄志度線2 -

更新日2014/03/20


琴電屋島駅を発車。遠くの屋島は車窓の左手後方に下がっていく。線路脇に視線を戻すと、右手にアパートやマンションが建ち並び、左手は相引川。用水路に見えるけれど、川だ。内陸から北へ流れ、屋島の手前で東西に分かれ、それぞれ屋島の東西側の河口に続く。線路は相引川に沿い、琴電屋島駅を出てすぐに南北の位置を入れ替わる。左手に水辺、線路をはさんで右手にアパート。水辺と線路に面した住まいは良い。香川に住むならこの辺がいい。

あいにくの曇天で、水面も空を映して灰色である。建物も灰色ばかり。桜の木があって、少ないながらも花がみつかる。灰色の景色の中、数滴の春の色。花を数えていたら古高松という駅に着いた。高松という地名はここが発祥らしい。高松城がある場所は篦原庄(のはらのしょう)と呼ばれていた。高松城と城下町ができて、新しい高松ができたため、こちらは古い高松となったようだ。

相引川が左手奥へ離れていく。向こうの河口は屋島の東側で、源平合戦の古戦場。那須与一の『扇の的』という名場面の舞台となった。屋島と志度の浦は、平家が上陸しようと試み、源義経が撃退するという戦いの場であった。電車はゆるい右カーブを走り、八栗駅に到着する。駅周辺は住宅が並ぶ。高い建物はないけれど、八栗ケーブルは見えない。八栗駅からケーブル駅までは約2kmである。思っていたより遠いかもしれない。


国道の向こうは高徳線

八栗駅の停車時間は長かった。しかし対向列車は来なかった。発車すると車窓左手奥に低い山が見えている。あれが八栗ケーブルで行く五剣山である。八栗ケーブルの名は頂上付近の八栗寺が由来らしい。電車は六万寺駅に停車し、五剣山から遠ざかる。車窓右手は水田で、その向こうに建物が多い。自動車ディーラーの看板も見える。地図を見ると、国道11号線とJR四国の高徳線が通っている。この道路と線路は大町駅で姿を見せた。国道の向こうに踏切が見えた。


高徳線と志度線が国道をはさんでいる。こちらの次の駅は八栗新道。道路の反対側に高徳線の駅があり、駅名は讃岐牟礼である。ここから高徳線は車窓右手に去っていく。琴電志度線は国道にそのまま沿って東へ進み、塩屋駅の先の雑木林を通り抜けると海に出た。志度湾である。砂浜はなく、港と岸壁が連なっている。対岸は蜂が浦。湾内に牡蠣の養殖筏が浮いている。


志度湾に到達

線路は右カーブで漁師町に迷い込む。房前駅は線路1本、ゆるいカーブに石積みのホーム1面。かつては交換ができる駅だったようで、線路1本の隙間をはさんでホームの跡がある。数本の立派な木が植えられている。花は見えないけれど、これも桜だろうか。カートに乗ったおばあさんが乗った。運転士が介添えをしている。次は終点だが、これも日常のひとこまだろうか。


志度駅に到着

車窓右手、国道11号の向こうに高徳線が現れた。琴電志度線の終着駅、琴電志度に到着。道路の向こうは高徳線の志度駅であった。ふたつの路線は競合している。しかし、琴電の停車駅が多い。琴電は地元の人々の生活路線。高徳線は遠くへ行く人の路線という棲み分けだろう。琴電の高松行きは1時間に3本、高徳線は特急を含めて2~3本。ここから高松へ特急に乗る人は少ないだろうから、実質的に運行頻度は琴電のほうがちょっとだけ多い。


瓦屋根の駅舎、壁は洋風

志度線を踏破した。引き返して八栗へ向かう前に、志度の街を歩いてみたい。志度は江戸時代の才人、平賀源内の出身地だ。平賀源内記念館もある。時刻は09時40分。博物館はたいてい10時会館だろう。ちょうどいい頃合いだと行ってみたら、なんと閉館。そうだ。今日は月曜日だった。それならと足を伸ばして志度寺に寄った。四国霊場88ヶ所のうち86番の札所である。寺は人を拒まない。いつだって開いている。


平賀源内記念館は休館


平賀源内旧家も休館

志度寺は広く、見どころが多かった。本堂をお参りし、五重塔と仁王門、三尊仙の像、広い園庭などを見物する。海側には背の高い柵に囲まれた海女の墓がある。この由来が悲しい。

藤原鎌足の子、藤原不比等は唐の皇祖妃から宝の珠を戴く。ところが志度の沖で竜神に奪われる。不比等は珠を探して志度を訪れ、海女と恋仲になり子を授かった。海女は不比等の珠を取り戻すため海に潜り、竜神と戦い珠を取り戻した。しかし力尽きて死んでしまう。


志度寺を参拝

不比等と海女の子、藤原房前は藤原家を継いで大臣となった。父から母の死のいきさつを聞かされた房前は、志度寺に千基の石塔を建立して母を弔ったという。海女の墓には、誰かが花を供えていた。カネに換算するとは野暮だとはいえ、私が墓前に供える花の、3倍くらいの見栄えがあった。


海女の墓

仁王門から出ると、隣接する自性院常楽寺に平賀源内の墓があるという。平賀源内といえば、江戸時代の発明家として知られるほか、日本初の広告コピー「本日土用丑の日」を鰻屋に掲げたコピーライターの元祖である。私も一時期は広告業界にいたから、仕事の大先輩だ。


平賀源内の菩提寺 自性院常楽寺

お参りしつつ写真を撮っていたら、管理人さんらしき人がそばに立った。源内は大名屋敷の修理を任された時に、誤って大工たちを殺傷し投獄され病死したとされている。故に平賀源内の墓は浅草にある。常楽寺は平賀家の菩提寺であり、この墓は平賀家先祖代々の墓とのこと。ただし、源内の骨を分骨してここに納めたという説もある。真偽は不明。

ただし源内の獄中死も異論があり、友人でもある杉田玄白が病死と偽装して救い出したという説があるらしい。平賀源内記念館には入れなかったけれど、源内さんの興味深い話を拝聴した。お礼を述べて辞去。


謎の多い平賀源内の墓所

琴電志度駅に戻り、次の電車の発車を待っていたら、「こんにちは」と挨拶される。この地に知り合いはいないけれど、どこかで見た顔だなと思ったら、さっき源内さんの話をしてくれた管理人氏であった。

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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