第43回:チャイナタウン・エレジー・5 ~決着 その1
更新日2003/01/09
「いつ来ても嫌な街だな。」
ハンドルを握るアレンは呟いた。
彼の運転するシボレー・カマロは、私を乗せて、低い排気音を響かせながらチャイナタウンの入り口にある龍の門を入っていった。彼のカマロは万が一に備えて、車のドアの内張りには、いつも防弾板がはめ込まれていた。
サンの九龍城風アパートの近くに車を付けるとエンジンを切り、アレンと私はシートを寝かせて、周りから見えないように深く体を沈めた。すでに辺りは暗く、ケバケバしい漢字のネオンが色鮮やかに灯りだした。
アレンはタバコに火を付けながら、
「嫌な思い出がある。」
と普段は、口数の少ない彼がポツリと口を開いた。彼の高校時代、付き合っていたガールフレンドが、ゴールデンドラゴン・レストランの前で、マフィア同士の銃撃戦で命を亡くしたらしいのだ。通行中に、抗争の際の流れ弾が当たったのである。以来、彼は、チャイニーズマフィアに対する嫌悪の念は忘れていないのだ。
そして、「サンは、君を狙っている。」と、付け加えた。私には、恨まれる覚えのないことであるが、あの荒らされたアパートの状況から判断した結果らしい。
「チャイニーズは、気に入らないことがあると、人のモノや信用を盗むのさ。」
まるで、教科書を読んでいるように当たり前に答えるアレンの口調は、すべてが断定的であった。
「兄貴、こちらも準備OKだよ。」
友人である台湾人のウーからCB無線が入った。彼は、迷路のようなチャイナタウンの地理や情報に詳しく、今回の尾行作戦の手伝いを買って出てくれたのだ。彼は、道路の反対側にアウディを止めて、スタンバイしている。チャイナタウンは、ヨーロッパ系の高級車が多く駐車されていたので、かえって彼の車は目立ちにくかった。
自分の心の中では、まだルームメイトのことで葛藤があった。突然いなくなり、そして私を狙う…。常識では考えにくいことである。しかも、彼と今日コンタクトが取れても、何と言って切り出せばよいのか。ジャケットの下には、昨日私を狙った45口径1911A1が、私の左わき腹のホルスターで眠っている。また、コレを抜くことになるのか…。
毎日夕方から張り込みをして、3日目の夜だった。
「不審車発見!」
アレンから無線が入った。少し身を起こして注視していると、古いスープラが、狭い道路に二重駐車していた。夜なのにサングラスをした男は、車内からしきりに辺りを気にしている様子であった。チャンスだった。が、まだ車内にいる間、手出しができなかった。しかも、近付くまでは、まだ彼がサンだと断定できない。
その内、アパートの上の階から、スープラめがけて、何かが入ったビニール袋が落ちてきた。それは、車から2、3m離れた所に落ちたため、車内の男が素早く車から降りてそれを拾った。
「サンだっ!」
その時、私はウーのアウディに乗っていた、私は男に近付こうと、ドアをゆっくりと開けて歩き出した。念のため、GUNがいつでも抜けるように、ジャケットのジッパーを全部下げておいた。
まだ、私自身、奴に何と声を掛けたらよいのか、気持ちの整理も付いていなかった。だが、サンは接近する私に気付き、慌てて車内に戻るとスープラを急発進させた。すぐに異変に気付いたアレンのカマロも後輪から白煙と爆音を上げながらそれを追った。
「兄貴、早く!」
私もアウディに乗り込むと、ウーは、シスコ名物、急勾配のノブヒルの登り坂をアクセル全開で後を追った。下り坂では、スピードの出過ぎで何度も車のボディーが、地面に擦れる音も聞こえた。
「大丈夫、逃がしはしないよ。」
とカマロを運転するアレンから無線が入る。シスコの道を知り尽くしている彼らは、頼りになる存在だった。やがて、サンがゴールデンゲートパーク方面に逃げていることに気付いた、アレンは無線で私たちを交通量の少ない南側のフルトンストリートへ向かうように指示をしてきた。そこへ、追い込む気なのか?
半信半疑で走っていると、平然と走るスープラが私たちの前を横切った。絶好のタイミングで、私たちのアウディは、彼の車の後ろに付いた。
「ウー、済まないが頼むっ!」
と言うと、
「OK!」
と言いながら、四車線道路の追い越し車線に出て、一気にスープラを抜き去り、強引な幅寄せで公園沿いの路側帯へ止めさせた。
意表を突かれたサンは、恐らく盗難車と思えるナンバーなしのその車を乗り捨て、人気のない夜のゴールデンゲートパークへと走って逃げ込んだ。私は、強制的にウーをその場に残して一人で彼を追った。これ以上、他人を危険に陥れたくなかったし、決着は自分自身の手で付けたかったのだ。
夜の広大なパークの中は暗く、人影もない。人口の森が生い茂り、視界は悪かった。が、私にとってジョギングコースとして普段走っていたので、裏庭のようであった。
さらに、彼は暗闇に身を隠せば、私たちの追跡をふり切れると考えていたようだったが、私は何となく捕まえる自信があった。サンは普段から運動をしていないので、走って逃げる体力にも限界があるはず。50mくらいの追跡距離をおいて、確実に彼のスタミナが切れるのを待った。予想通り、5分位逃走を続けた彼の走るペースもやがて遅くなってきた。
が、彼は突然後ろを振り向くと、私に向かって拳銃を抜いて、撃ってきたのだ。
第44回:チャイナタウン・エレジー・6 ~決着 その2