第19回:ラス・ベガス症候群
更新日2002/07/18
次の朝、ビル爺さんとホテルのカフェテリアで、たったの1ドルの朝食を済ませた後、彼の甥を一緒に訪ねることにした。
ビルの話では、ベトナムから帰還して以来、ベガスに暮らしているそうである。ジョージの家はダウンタウンから少し北側、カジノのネオンとはかけ離れた薄汚れた雑居街であり、グロッセリーショップやパウンショップ(質屋)が点在する中にあった。そこは、治安の悪そうな住居地の一角だった。
なぜかビルは、病気でもない彼の所にいくことを、「見舞い」と言う。 私のラス・ベガスのイメージとは大きく違った、まるでロスのダウンタウンに戻ってきたような感覚であった。
「調子はどうだい、ジョージ!」
冷蔵庫のようなハウスの扉を開けながらビルは入った。
「おじさん!」
とベットに寝そべりTVをみながら、40代半ばとみえるジョージは、白髪頭を振り向けて、ニコニコ笑いながら答えた。ビルが、
「調子はどうだい?」
と聞くと
「だめだ、フィッツジェネルドのキャロルのババアがレイ・オフ(解雇)になりやがった。以来ついてねえ」
ジョージは答えた。
「そんなことは聞いてねえ、仕事の方だ」
「このとおりさ…」
自分の周りを差しながら彼は肩をすくめた。ハウスの中はいたって簡素だった。ベッドにキッチン、テーブルだけの部屋に、白黒の家族の写真らしきものが数枚飾られているだけであった。若き日をしのばせる軍服姿の彼の写真には、星型の勲章も下がっている。
小さいハウスの中は、ビルとジョージのタバコの煙でたちまち白くなってしまった。 二人はしばらく昔話に没頭していたようだが、ビルは切り出した。
「どうだい、そろそろ足を洗って、カンザスに帰らないか?」
いつもの爺さんの小言にジョージは、
「考えとく」
と一言っただけであった。ビル爺さんは、
「帰る気があれば、来月ワシのトラックがまた空荷でくるから、その時はカンザス行きの荷物まとめとけよ」
と言い残して彼の家を後にした。
帰り道、ビルに
「彼は何の病気なの?」
と聞くと、間髪入れず一言、
「ギャンブルだ」
両手を上げながら答えた。
ギャンブルをする町にも住民は住んでいる。その住人が賭博にはまれば、おのずと結果は知れている。なにせ砂漠の中で娯楽のないこの街には、カジノに行かなくとも、スーパーマーケットやコンビニでさえもポーカーマシーンが置いてある。自制心がない者が、ギャンブルに手を出せば麻薬をやめれないのと同じで、自然の成り行きなのかも知れない。
ジョージは、こん な街での特有のギャンブル・カウンセリングのクラスにも通っているそうだが、いまだ定職にも付かず、僅かな収入はすべてギャンブル資金になっているそうだ。自由の国アメリカは、個人の自由にもあまり干渉しないのだ。それが他人事のように思えたが、気分的にまだ旅行者の私には、それを理解するのにさほど時間を要さなかった。
そんなギャンブル狂いのジョージの存在とは関係なく、今夜もビル爺さんとホース・シューでの深夜のカジノレッスンをやってもらった。今日はカジノの花形のルーレットで、そこにはブラックジャックにはない落ち着いた大人の雰囲気と、ゆっくりとした時間が流れていて、楽しく挑むことができた。だだ、38分の1の確率に勝負を賭けるのは、不利なようであるが、これには色々な攻め方があって実に楽しいものだった。
爺さんも、バーボンウイスキーをあおりながらリラックスしているので、私もそれに倣うことにした。私たちの向かいには、アラブ系のターバンを巻いた男が100ドルチップで豪快にプレーしていたが、私たちにはその100分の1のチップでも充分であった。爺さんの作戦は、枠外と呼ばれる赤黒や奇数・偶数などに小額を張り、様子を見て枠内の数字におもむろに張る作戦が多かった。
ディーラーの癖を見て様子を伺うわけで、ボールを入れるタイミングを見ては、小声で12・8・19などを私に呟くと、3回に1回くらいは当たっていた。
ブラックジャックのような緊張感はないが、象牙の玉の行方を目で追う時は、かなりエキサイティングである。結果的にここでは、小1時間で100ドルくらいの儲けでお開きにすることにした。爺さんは大体、日に2、3時間しか博打をしないのがポリシーのようだった。
「ボーイ。明日俺は、テキサスに戻るからお別れだ!」
とホテルの部屋に帰った早々ビル爺さんに告げられた。仕事に戻るらしいのだ。後は、バイクを買うまで一人で頑張れと言う。
そうだ、私にはアメリカ大陸の横断と仕事を探す目的が残っていたのだった。爺さんと出遭ったアリゾナ州から一緒にラス・ベガスにきてギャンブルしている間は、その目的さえも忘れている自分に気が付いた。
翌朝、爺さんは呆気なく、
「また1ヶ月後に来るからな。その時はクラップスをやろう」
と、初めて会った時の満面の笑顔で右手を軽く振って去って行った。
その颯爽としたうしろ姿は、荒野の馬車を操るテキサスレンジャーに戻っていた。
第20回:ギャンブラーとして