第28回:ラスト・チャンス
更新日2002/09/19
射撃ツアーに客として参加した数日後、私は射撃のインストラクターとなるための面接を受けていた。
なんのコネもなく、飛び込みで面接を受けるどこの誰だか知らない私を、果たして雇ってくれるのだろうか? しかも、ビザの有効期限も僅か2週間先に迫っている。所持金も残り少ない。この面接のために、シスコの日本街にある寿司レストランの面接もキャンセルしてしまったのである。
4月に日本を飛び出して2ヶ月半、「アメリカで一旗上げてくる」と周囲の反対を押し切って飛び出した以上は、後戻りもできない。この面接がダメならば、帰国を余儀なくされる。まさに背水の陣であった。
「君か、ナカイ君は!」
アメリカ在住すでに23年となる山下社長は、背が低く野武士のように精悍な眼つきの40代後半の日本人であった。ガッチリした体に薄くなった頭が、彼の精力の強さを物語っていた。声が大きいのは、長年射撃を続けているので耳が悪いせいだろうか? ともかく、彼も裸一貫で渡米し、一代で財産を築き上げた数少ない日本人なのだ。
「ライフルの腕はいいらしいな…」
と話を切り出し、少し怪訝な表情で履歴書に軽く目を通していた山下社長の目の色が一瞬変わった。
「自衛隊のスペシャル・フォース(特殊部隊)出身なのか?」
と、その項目に目が釘付けになった様子だった。
実戦経験のない自衛隊には特殊部隊は存在しないが、私が猛烈なトレーニングを受けて得たレンジャー隊員の資格は、唯一それに当たるのだ。アメリカで銃器のプロを相手に自分を売り込むため、米国風にアレンジして履歴書に少し大げさに書いてみたのが幸いしたらしかった。
「ウムッ」
社長は、デスクの引出しから書類の束を取り出し、私に渡した。渡された仕事内容を記した書類には、日本人観光客への射撃指導、車での送迎、銃器・弾薬のメンテナンス、旅行代理店への営業業務、GUNショップでの接客、清掃などから給料の詳細や、保険、退職のための準備期間など細部に渡り、これら自分に与えられるすべての仕事に対して、従事しますというサインを求められた。
サイン社会のアメリカでは、とにかく何をするのにも署名やイニシャルの記入が求められる。また、雇用条件を明確にすることが必要なのは、米国人を雇用して後日、告訴の対象になるのを防ぐ意味であるらしい。例えば、契約書類に記載されていない仕事をやらせようとすると、「これは、私の仕事ではない!」とハッキリと拒否されることが多いらしい。
特に日本からきて間もない私にとって、雇用に対して当たり前のことが書いてあったため、サインするのになんのためらいもなかった。最低1年以上の雇用期間で、主な仕事はGUNツアーのセクションで、月曜から土曜日の週6日労働で朝8時から夕方5時まで、サラリーはわずか月800ドルの契約だった。ボーナスもない。金額に不満がなかったとは言えないが、いまはアメリカで定職に就ける喜びの方が大きかったのだ。
そして、なんと試用期間の3ヶ月を過ぎて、私が希望すればアメリカ永住権を申請するためのスポンサーになってくれるらしいのだ。通常、いま申請しても、米国永住権の取得まで約5、6年の気の長くなるような道のりである。しかも申請中は、ビザの関係で日本に帰国することもできないらしいのだ。
面接と契約書へのサインはわずか10分で終了した。社長は、
「じゃ、明日からきてもらおうか?」
と笑顔で答えてくれた。まるで夢の中にでもいるような気持ちになった私は、「ありがとうございます! 明日から頑張りますのでよろしくお願いいたします!」
と丁寧に礼を言い、間髪入れず、
「社長! 一つだけお願いがあります」
「何だ?」
「1ヶ月分の給料を前借りしたいのですが……」
あまりに意表を突いた私の「お願い」に、アメリカで成功を収めた社長も、さすがに驚きの表情は隠せなかったようだったが、渋々ながも了承してくれた。すでに、これから1ヶ月を生活するための資金を持ち合わせてはなかったのだから。
「失礼します!」
面接があった会社の事務所を出て、同じ建物内にあるGUNショップの方へ行き、二人の先輩社員であるマイクとアレンに握手をして、
「明日からよろしくお願いします」
と挨拶すると、二人共首を振りながら、
「サインしたの?」
と渋い表情で私を見ている。
よく分からないリアクションに、私も困惑してしまった。今まで1年半以上勤めた人がいないというこのガンツアーのセクションだが、私は明日から永住権を取得するまでは、何があってもここでやるぞ! という気持ちで会社を後にしたのだった。
地下鉄でホテルに帰り、社長から前借した給料の中から、ホテルの管理人の李おばさんに1ヶ月分の部屋代280ドルを支払った。そして万が一、日本へ帰国する時のために取ってあった帰りの航空チケットも、その日の夜にはゴミ箱行きになった。
今まで色々あったが、明日から私のアメリカ生活が始まるのだ。渡米して77日目、少し遠回りしたが、異国の地で突然つかんだこのチャンスを生涯忘れないだろう。
第29回:3日で米国人になる方法 その1