第35回:ガン・ファイター列伝 その1
更新日2002/11/07
ビリー・ザ・キッド、にワイアット・アープ、ドク・ホリデイ……。19世紀は、西部開拓史を舞台に数々のガン・ファイターたちが、善悪問わず活躍した時代があった。男たちが生死を賭けて勝負する。それは、まだ中世の匂いがするノスタルジックな世界に私たちを誘ってくれた。
その伝説も治安が確立された20世紀になると、常軌を逸した凶悪犯罪者や戦争での大量殺戮者へと姿を変えていってしまい、決して前者のようなロマンが後世に語り継がれることもないだろう。
射撃人口の多い米国では、安全にその技量を競い合うシューティング・コンペティションが、全国で幅広く行われている。ブルズアイ(精密射撃)、ファースト・ドロウ(抜き撃ち)、スチール・チャレンジ、IPSC(共に動きながら射撃をする)などの極めて実践的なマッチは、あくまでスポーツ的なシミュレーションとして現代のガン・ファイターたちを生み出している。その伝説と出会う機会は、意外に遅くはなかった。
射撃のインストラクターを始めて、はや半年。素人に射撃を教えることはできるが、射撃の技量はまだまだ半人前の私は、自分の拳銃を手に入れ、月1回ベイ・エリアで行われる射撃大会にも積極的に参加するようになった。ポンコツの日産サニーも手に入れたので行動範囲もグンと広がった。米国では車がないと、とても生活はできないのだ。
イースト・ベイにある競技専用の射撃場で、月1回行われるプラクティカル・ピストル・コース(PPC)のマッチは、米国でガンマンとして認められるための登竜門であった。使用するGUNは、38口径以上の拳銃なら何でもいい。だから、参加するシューターは、自分に一番合ったGUNや弾、ホルスターを持参して参加するのだ。
GUNも車のレースと同じく、ノーマル(無改造)とカスタム(改造)の部門に分かれていて、参加する人たちは、私のようなインストラクターばかりではなく、警察官や職業軍人、ガードマンなどが多く、一般人の参加も多い。PPCは、5~50mの距離で色んな射撃姿勢(伏せ撃ち、バリケードなど)からの射撃を合計600点満点で争われるのだ。
自分の1911A1(45口径)の扱いも3ヶ月でだいぶ慣れたが、この時点で80%の480点が最高得点だった。練習も試合前には、集中的に練習をしているのに、なかなか記録が伸びなかった。
今回も、早朝よりレンジに出陣して試合直前まで最後の調整を行っていた。今回は、500点台をマークするために、気合が入っていたのだ。あとは銃身をクリーニングし、GUNの照準機に光が反射しないよう特殊な灯油ライターでススを付ければ準備は完了だった。
気合が入り過ぎてあたりに目が届かなかったのだが、ふと見ると、私の隣の射台で地味なカーキー色のジャケットを着た老人が、一番小さいルガーの22口径でシングル・ハンド(片手)のブルズアイ射撃をしていた。しかし、彼の撃ったペーパー・ターゲットを見た私は唖然とした。
なに気なく25mから10発ほど撃ち抜いた弾痕が、すべて中央の10点満点で、しかも親指の先程度の小さなグルーピング(集弾)を作っている。この爺さん、ただ者ではない…。咄嗟に判った。
「PPCか、懐かしいな。」
老人は、自分の空になったGUNの薬室を点検しながら一言喋った。
「調子はどうだ? クニ。」
と言ってゆっくりとこちらを見た。彼は、私の勤めるパシフィックGUNショップの前オーナーのロブ・チャウであった。
以前、店で会ったときは普通の爺さんにしか見えなかったが、マネージャーのアレンが、珍しく“サー”を付けて呼ぶので、あとで聞いてみると、彼は米国人シューターの間では誰もが敬う伝説のガンマンらしいのだ。
1968年のメキシコ・オリンピックのフリー・ピストルで銀メダルを獲ったばかりか、彼の作り出した45口径ガバメントのカスタムGUNの精度は、全米一で、注文してから約1年してからでないと手に入らないほどだった。つまり、GUNを究極に知り尽くした伝説のシューターであり、職人でもあったのだ。
しかし、今私が見る限り、高年齢のため、退職して米国GUN業界から姿を消して今年80歳になるこの爺さんの腕は、全く衰えてはいなかった。
「45か、どれ見せてみろ。」
と懐かしそうな眼差しで私のGUNを見ると、岩のように年季の入った右手をスッと差し出してきた。私は、薬室をガシャンと開けて弾が入っていないことを点検し、グリップの方を向けてロブ爺さんに差し出した。それを手にした爺さんは、老眼鏡の奥の目を細めて、
「まだ新しいな。それにアクション(作動)が少し渋いな。」
と一言。その途端に、レトロな工具箱から万能ツールを取り出して、アッという間に私のGUNを分解してしまった。すかさず、シアと呼ばれるGUNの重要なパーツに一瞬ヤスリをかけ、バネの一部をドライバーでグッと広げた。そうして元に戻すまで、3分とかからなかった。その手さばきは、正に職人技であった。
神業は、さらに続く。調子をみるために空撃ちを2、3回行っている彼は、GUNに耳を傾けているのだ…。まるで私の拳銃と話し合っているように。
「よしっ。45の実弾を一発貸してみろ。」
彼が、私のGUNを使い、調子をテストしてくれるようである。
スッとGUNを握った右手を前に差し出し、目を細めた80歳の爺さんが25m先のターゲットを狙う姿には、凄まじいくらい異様なオーラが出ていた。
「まさかっ…。」
私は、思った。
第36回:ガン・ファイター列伝 その2