第17回:砂漠の不夜城
更新日2002/07/04
キングマンという小さな宿場街で、ビル爺さんと少し早い夕食を摂った。ここからラス・ベガスまでは2時間くらいだ。爺さんはベガスが近くなるにつれ、やれ60年にはフラミンゴホテルで、今は亡き妻の目を盗んで入れた5ドル・スロットが1枚目にジャック・ポットを出したとか、69年にホース・シューでロイヤル・ストレート・フラッシュを出して以来それっきりだとか…話が止まらない。どうも長旅で少し疲れたのせいなのか、そんな話に聞き入っているうちに寝てしまったようだ。
不意にトラックのエア・クラクションが鳴り出す。
「ボーイ! もうすぐシルバーステイトだぞ!」
夕日に燃えるような、真っ赤な砂漠の山々が遠くに見えるフリーウエイを相変わらず走っていたが、それが見えた時には思わず目をこすってしまった。
真昼のごとく凄まじいネオンサインや広告塔、上空を飛び交うヘリ、通りを走る車、人、熱気、立ち並ぶ巨大なホテルカジノの数。
それは、まるで寝起きの私には、まだ夢の途中のように思えるほどであった。正にそれらは、砂漠の中にひっくり返した宝石箱だった。
「相変わらず賑やかな町だな、こりゃ」
と爺さんは苦い表情だ。この砂漠の中のオアシスがあのラス・ベガスなのだ。この街の迫力は、アメリカの田舎町ばかり走ってきた私にとって、すごい衝撃であった。
そして私の新しいチャレンジへの始まりの予感がした。
トラックは、巨大カジノが立ち並ぶ"ストリップ"エリアを通り抜け、ダウンタウンの外れにあるトラック・ターミナルへと向かった。積み荷を降ろすためである。積み荷は冷凍食品で、ビルがヒューストンから運んできたのだ。これらはやがて、推定毎日5万人ともいわれる観光客の胃袋に瞬時に飲み込まれるのであろう。
積み下ろし手続きが終わると、彼とともにバスでダウンタウンへと向かった。ダウンタウンのホテルカジノ街も夜だというのに、西海岸に比べられないほど賑やかで、人出も多い。それもそのはず街自体、観光客が安心して遊べるように治安が確立されているのだ。
ダウンタウンのカジノの密集度はすごい。大小さまざまのなカジノが所狭しと並んでいる。それらのネオンは肌に熱いくらい眩しい。開きっ放しの出入り口からクーラーの冷たい風が、日中暑く火照った私たちの体を誘う。
夜も遅くなっていたので腹が減っていた。そんな私をビル爺さんは、フレモントカジノのビュッフェへ連れて行ってくれた。10ドルで食べ放題のレストランだった。ラス・ベガスではどのカジノでも大体ビュッフェがあるのだ。セルフサービスで肉、魚、野菜、飲み物、フルーツからデザートに至るまですべて揃っている。通常のレストランで言葉の問題で困っている日本人や、私のような大食漢には打ってつけであった。
胃袋を満たした我々は、腹ごなしにダウンタウンの大通り、フレモントストリートを散策した。メインストリートは全長300mくらいで、大小数々のカジノがひしめきあっている。
ビルはホース・シュー・カジノへ連れて行ってくれた。年季の入ったタバコ臭いカジノ内は、西部男の臭いをも感じさせる。どうもここが爺さんのお気に入りらしい。
まだ夜の10時過ぎで沢山の観光客がプレーしているので、ブラックジャックやルーレットのテーブルには座れそうにもない。客層は年配者が目立って多い。
「ボーイ。わしは疲れたから休む。ミッドナイト(深夜12時)にここへ来な」
ビルは言い残すと、バーで一人生ビールを飲み始めた。
その間、私はカジノの雰囲気に慣れるために散策を始めた。カジノ内は、私が予想していた以上に華やかだった。お客たちの服装はいたってカジュアルで、半ズボンに草履を履いている人もいる。スロットマシンから吐き出される1ドルコインは、ガンガンと派手な音を鳴らし、そしてクラップステーブルからはピットボスの大きな声やお客の歓声が聞こえてくる。
ハイレグの制服を着たカクテルウエイトレスが、お酒や飲み物の注文を聞きにくる。そう、これがラス・ベガスなのか。今私は、この世の物とは思えない大人のためのオアシスの中にいるのだ。
雰囲気に酔いしれてしまい、早くプレイをやりたいだけの私を横目に、ビル爺さんはバーでビールをあおりながら、バーテンとフットボールの結果などを話していた。
彼は、ここでは馴染みの客らしい。本当のギャンブルは、アフターミッドナイトに始まるから、と老練な彼は言う。恐らく、観光客などのにわかギャンブラーたちがたむろする時間には博打をやらないらしい。深夜12時からが勝負に最適と言う。
なるほど勝つために必要なのは、運、金、テクニックそして、プレーヤーが勝負する時間と場所を選ぶ権利を持つことであるらしい。なるほど、人が多ければその権利もなくなるわけである。
「そろそろ転がすか」
とバーカウンターからカジノを振り返ったビル爺さんが、ようやく重い腰を上げた。その戦いに臨む威風堂々としたうしろ姿は、ヤンキー魂の気質に満ち溢れていた。
第18回:ギャンブルへのプロローグ