第36回:ガン・ファイター列伝 その2
更新日2002/11/14
「ドンッ!」
米国の伝説のシューターである80歳のロブ爺さんが撃った45口径の弾丸は、秒速280mで25m先にあるターゲットの中心部である最高得点Xリングの、ド真ん中を一撃で撃ち抜いた…。
私はその脅威の腕前に、その場にへたり込みそうになった。もはや引退した老人には、45口径の強い反動は体にこたえるはずなのに。腕は衰えていなかった。
ロブ爺さんは、平気な顔で、
「これで随分、使いやすくなったはずじゃ。」
自らが、調整を終えたGUNを私に返しながら言った。
「もっとライト・ロード(弱い弾)を使え。この弾は、競技には向かない。」
と指示を受けた。その時私は、軍用の強い弾を使用していた。実弾にも色々と種類があり、速射が必要な競技の際は反動の軽い弾が有利なのだ。そして、
「タバコとコーヒーは、射撃によくないから止めろ。」
と言われて思わず苦笑した。分かってはいたが、微小な震えは精密な射撃の際に大敵なのだ。
最後には、
「当てようと思うと、GUNが見えなくなるぞ。」
とアドバイスを残し、クルッと私に背中を見せると、右手を軽く上げながら、一言、
「グット・ラック!」
と伝説のガンマンは亀のようにゆっくりと去って行った。
私は、
「サ、サンキュウ・サーッ!」
と一言言うのが精一杯だった。
欲を言えばもっと射撃の指導をしてもらいたかった。気がつかなかったが、私たちの周りには、一見熟練した米国人シューターたちが4、5人集まっていた。珍しくロブ・チャウが射撃の指導をしているので、気になって彼の指導に聞き耳を立てて聞いていたらしい。なんだ初心者のボーイに対する簡単なアドバイスか、とばかりに彼らは去って行った。
精神的にもまだまだ未発達な20代前半のシューターは、ここでは子供扱いされている。なんとなく、それは一種の武道に似ている。射撃も武道も結局は、人を倒すために発達したものに換わりがない。
私がもう10年早く生まれていれば、彼からいろいろなことを教わることができたかも知れないが、ロブ・チャウは弟子を持たない主義だと聞いたことがある。恐らく、元は自分の店であったGUNショップの小僧である私が懸命にもがいている姿を見て、その'伝説の人'は少し手助けをしたくなったのであろうか?
さまざまな思いを巡らせているうちに、試合開始の時間が近づいてきたので、ガン・ローディング・ゾーン(ここでしか、GUNを装着できない)に入り、競技専門のGUNベルトとホルスターを腰に装着して、GUNをスパッと差し込んだ。実弾を入れたトレイを持って射撃場に入る。これから60発一本勝負の本番が始まろうとしていた。
まわりを見ると、今回参加する人数は、大体80名くらいだろうか? 参加者の90%は白人で、あとは私と同じアジア人だった。黒人は一人もいない。不思議なことであるが、これは米国中の射撃場、特に今回のような公式戦へ行ってもまず見ることができない。射撃場の役員やスタッフに関してもそうだ。別に、人種的な不向きや法的規制があるわけでもないのに。
このことは実に不思議だった。ケネディの公民権運動の時代からはや25年、特にGUN業界には依然、何か私たちには見えない水面下の差別が米国を支配しているように思われた。
20人ずつで、最初のステージであるターゲットから7ヤードの位置でシューティング・グラスとイヤー・マフラー(耳栓)を装着、スタンバイして射撃開始の合図を待った。
イヤ・マフをつけると、緊張で高鳴る心臓の鼓動さえも聞こえてくる。あの伝説のロブ爺さんが、手を入れてくれたGUNである。思わず、今日はいい点数がでるのを期待してしまう。
スピーカーから「ロードッ!(弾込め)」の指示が入る。しかし、浮き足立ってしまって、知らずのうちに、いい点数を取ろうとかなり右手に力が入っているのが分かった。そのとき、ロブ爺さんの最後の言葉が頭を過ぎった。
「当てようと思うと、GUNが見えなくなるぞ。」
自衛隊時代ライフル狙撃訓練のときに、どうしても分からなかったことが一つあった。狙撃の訓練は、一つのターゲットを確実に倒すために連日単調な射撃訓練を行うのだが、これはまさに自分の精神力との戦いだった。練習時にはいい記録が出せるのに、公式戦のときに限っていい結果が出せない。
つまり、射撃時に余計な雑念が入ると自然に指や腕に力が入り、呼吸も乱れる。射撃の場合は引き金を引く瞬間が勝負で、無我の境地に入ったとき、それは初めて威力を発揮するのである。爺さんの言うことは、ターゲットを無視して全神経をGUNサイト(照準機)に集中しろということか?
続いてスピーカーから射撃開始の合図があった。
「シューター・レディ(射撃用意)、ファイヤーッ!(撃て)」
ホルスターからGUNを抜き、最初の1発を撃った。ターゲットのど真ん中に大きな穴が空いた。ロブ爺さんの調整した1911A1は、恐ろしいくらい私の指先の動きに反応した。そのことに心乱されることなく、速射で次の射撃を行った。つまり、練習のときと同じ無心で引き金を落とした。
今回の射撃は、545点、91%の命中率であった。これは、今回の参加者77人中6位の成績で、自分にとってこの記録は、以後、簡単に破れるものではなかった。
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