第32回:武器商人
更新日2002/10/17
射撃インストラクターの仕事も1ヶ月もすると、少しずつ初心者に教えることにも慣れてきた。初めてもらった給料の大半は、社長から前借した借金に消えていった。見知らぬ海外で、働くことに意義がある私にはそれも苦ではなかった。
しかし、私に一つ大変苦痛な仕事が、週に1回必ず回ってくる。土曜日は、パシフィックGUNショップの店員の仕事をやらなければならないのだ。しかも土曜日は、日本語の喋れるアレンや山下社長も休みなので、米国人のマイクと二人きりになる。
マイクは、今年40歳のオランダ系の白人で、生まれて以来ベイエリア(サンフランシスコ周辺)に育ち、GUNのことにも詳しい。一見ファイナンシャル・ディスリクト(シスコの東部にあるオフィス街)で働いているかのようなインテリ風に見えるが、朝の開店前から、大声で「チクショウ! 俺のホルスター知らんか?」と手当たり次第にロッカーを開けまくる姿を見ると、意外と粗雑な性格が浮き彫りになってきた。
私も今日は、初めてのGUNショップの仕事なので、上司のマイクと朝のミーティングをする。
「まず、店員をやっているときには、ハンドガンが必要だから、そこにある金庫から9mmブローニングを持ってこい。」
と言われる。しかも、9mmの実弾を13発フル装填して、コンバット・ロード(安全装置を外せば直ぐに弾の出る状態)にするように言われた。
私は、そのブローニングをショルダー・タイプのホルスターにガスッと差し込んだ。つまり、私たちがGUNを携帯していることをGUNショップを訪れる客にアピールするためである。それが、犯罪に対する最大の抑止力だというのだ。完全武装した私に、マイクからさらに注意事項が続く。
「GUNを持ってくるカスタマーには十分気をつけろ。」
つまり、修理に見せかけて持ってきたGUNをそのまま突きつけられればそれで終わりだ、ということなのだ。
「GUNを抜くときは必ず殺せ。撃つときに、躊躇すればおまえの負けだ。」
その説明を聞いたとき、私の背中に一筋の油汗が流れるのを感じた。日本の警察のように、犯罪者に対して威嚇射撃し、さらに足を撃つ、というようなことはここではやらない。のちの裁判で多少時間はかかるが、相手が武装していた場合には殺してしまった方が、裁判で圧倒的に有利らしいのだ。しかも、証人がいれば殺人罪どころか、無罪に持ち込める場合がほとんどだというのだ。まさに「死人に口なし」というわけだ。
さらに、GUNショップのレジの下には接近戦用に実弾をフル装填した短い銃身のショットガン(散弾銃)が、いつでも引き金を引ける状態でスタンバイしていた……。
「テイク・イット・イージー。さあ、店のシャッターを開けてこい。」
とマイクは、ニッコリと私に笑いながら言った。
米国で射撃のインストラクターを始めてすでに1ヶ月。GUNの扱いにも随分慣れた。しかし、朝のミーティングでマイクから散々脅された私は、さすがに今から夕方6時までGUNショップに立つことに抵抗を感じずにはいられなかった。
「躊躇せず殺せ!」
というマイクの一言が私の頭を離れない……。
パシフィックGUNショップでは、拳銃、ライフル、ショットガンとそれらの実弾やアクセサリーなどを取り扱っている。一番よく売れるGUNは、やはりコンパクトなハンドガン(拳銃)で、その値段は大体100~800ドルくらいだ。
一般市民のGUNの所持が許されている米国では、すでに累計2億丁以上のGUNが国内に出回っている。2億という数字は米国の人口に匹敵する、というのも驚きであるが、小火器が米国の武器産業界のビッグ・マーケットであるといわれているのも、納得できる。
しかし、いかに米国とはいえ、非力な個人でも、使用すると最強の武器になる拳銃を簡単には販売できない。ライセンスのあるGUNショップで、購入時の登録が義務づけられているのだ。
ところが、1990年当時、拳銃購入時に必要な書類はカリフォルニアID(運転免許書)のみで、21歳以上の犯罪歴がない人物ならば、だれでも自由に個人名義で購入できた。
ただし、購入してから10日間の待ち期間を過ぎてからでないと、購入したGUNをショップで受け取ることができない。これは、ウエイティング・ピリオドといって、銃器犯罪の多いカリフォルニア州独自の法律で、突発的な銃器犯罪を阻止するために作られた苦肉の策である。
売られたGUNは、すべてA.T.F.(アルコール・タバコ・ファイヤーアームズ)という司法機関に登録される。GUNは酒・タバコと同じ扱いにされているのだ。
マイクのいきなりの、きな臭いアドバイスに躊躇しているうちに、最初の客が店に入ってきた。思わず、ブローニングを肩から吊るして重くなった右手に力が入る。
「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」
と勇気を出して切り出すと、この客は、マイクの常連客だったらしい。思わず安心して力が抜けた。こんな調子じゃ、夕方までに神経が磨り減ってしまいそうだ。
昼休みになりショップを閉めて、マイクとハンバーガーを食べているとき、彼は笑いながら、
「GUNショップには、簡単に強盗は入らないんだよ。」
と言った。なぜなら、射撃のエキスパートしかいない店内に入るような強盗は、バカだというのだ。
このGUNショップは、前オーナーの時代から過去20年に2回(計3人)だけ、営業中に強盗が入ったが、その3人は即その場で撃たれたので、すでにこの世にはいないらしい。なんとも強盗にとっては、割の合わない場所なのだ。
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