第15回:コンボイ・スピリット その1
更新日2002/06/20
振り返ると、60過ぎの白髪の老人が私のリュックを掴んでいた。慌てて外に出ようとすると、老人は小声で、
「座れ!」
と低く囁いた。諦めて言う通りにした。
部外野郎の騒ぎがしばらくして収まり、やがて他のドライバーたちは、私を気にしなくなった。つまりこの老人が、一時的な私の保護者扱いになったわけである。
老人は軽く会釈すると、
「お前さんはベガスに行かないのか?」
と突然の質問であった。どうやらこの爺さんは、テキサス州ヒューストンからネバダ州ラス・ベガスまでのトラックの定期便を一人でやっている様子だった。
私は躊躇した。なぜならラス・ベガスは、ツーソンからだと北西に位置しているので、東海岸への大きな寄り道であるからだ。
「すまないが…」
と申しわけなさそうに告げようとすると、爺さんは、
「寄り道じゃなくて、金儲けだよ」
と、これ以上の楽しみが存在しないような表情で、白い口髭をニヤッとゆがめた。仕事も金儲けなら、ギャンブルもまた金儲けなのか? ここでお金が入れば、新しいバイクを買って大陸横断ができる! と、単純な私は二つ返事でOKを出してしまった。
「わしは、ビルだ!」
と葉巻の煙をスーッと吐きながら、右手を伸ばしてきた。その爺さんの子供のように純粋な表情を疑うことなどできなかったのである。
出発は明日の朝8時、集合は爺さんのトラック、'ワイルド・ホース3'の前ということになり、彼と別れた。ドライバーたちは自分のトラックにそれぞれニック・ネームを付けているようだ。
午前8時前に、私はターミナル内でズラリと並んだトラックの中でワイルド・ホース3を探したが、なかなか見つけることができなかった。てっきり、車体に馬の絵が描いてあると思ったのである。が、実際にはテキサスの州旗が描かれていたのであった。
出発前、すでにエンジンの暖気運転を始めていたビル爺さんは、カーボーイハットにウエスタンブーツを履き、派手なシルバーのバックルを付けたジーンズ姿で、粋な赤のスカーフを首に巻いていて、実に颯爽とした出で立ちであった。カフェで出会った時とはまるで別人で、これからわれわれは、馬車に乗って荒野を疾走するような感覚にとらわれる。
「来たか。ボーイ。さっさと席に乗りな!」
と助手席を指差す。
私が、これからの運賃のがわりにと、100ドル札を1枚渡そうとすると、
「お前、俺をそこらのバス屋にする気か? とっととひっこめな!」
と完全に無視されてしまった。私より40歳以上も先輩の米国人に対して、私が少しでも気の効いたことをすること自体、野暮な話らしい。
コンベンショナルと呼ばれる、米国特有のノーズの突き出た2階建てのような巨大なトラックに登れば、座席には写真や古い勲章まで飾ってあり、まるで爺さんの生活空間であった。葉巻の香ばしい匂いがする車内は、ゆったりとしているので長距離を移動するにも楽そうである。座席の後ろには簡易ベッドもあり、休息を取りながらの移動も可能だ。
「さあ出発だ!」
第16回:コンボイ・スピリット その2