第8回: 沙漠の星空の下で
更新日2002/05/02
私にとってサンディエゴは、途中の通過点に過ぎず、次の長期滞在都市は5日位で一気に砂漠を横断し、メキシコ湾に面したジャズの町、ルイジアナ州ニューオーリンズと決めていた。ニューオーリンズまでは、メキシコとの国境線をひたすら東に向かうことになる。
途中、サンディエゴ市内で安いヘルメットを買った。頭の保護というよりは、風除けのためである。ノーヘルでも気持ちがいいのだが、アスファルトのコンディションも悪く、顔に小石や埃が飛んでくるので、長距離の走行はいささか大変だからだ。
今までアメリカで見たハーレーに乗っている連中は、黒の皮ジャンにバンダナ1本とゴーグルのみ、これが'正装'と決まっているかのようだった。まさに「イージー・ライダー」そのもの、よほど気合が入っているのだろう。スタイルに対する、恐ろしいほどの頑ななこだわりが感じられる。雨が降ったらカッパを着て走るのだろうか? とつまらぬことを考えたりもした。
ヘルメットを被っているので、愛馬XTのエンジン音は、若干静かに感じる。雨が少なく、茶色の山に木が数本生えているだけの南カリフォルニアの風景には、だいぶ慣れてきた。それでも標高が高くなれば、木の数も少しは増えてくる。
美しいクリーブランド森林の峠を抜けると、突然ピアノの鍵盤を両手で叩きつけたような、衝撃の光景が目の前に広がった。自分の走る道路を中心に、地平線まで続く不毛の荒野が延々と見えたのである。これがデザート(沙漠)だ。
「暑い」。5月の中旬だというのに、気温は40℃近くある。道路の先の方には、景色が熱で溶け出したかのように、陽炎が立ち上っている。この過酷な環境は、ニューヨークまでの旅の困難さを物語っていた。
フリーウエイを使わない州道でのスピードは、大体60~80kmでの走行なのだが、周りの景色は、全く変わらない。カリフォルニア州だけで日本よりはるかに広いのだ。道路の右手には、メキシコ国境に不法移民の流入を監視する気球が、一定の間隔で設置してある。
アメリカ大陸は南北につながっているので、越境は容易だという話だ。アメリカで一旗上げようと思うのは、遠く日本から来た私だけではないらしい。今日は、エルセントロという町の郊外で野宿に決めた。この辺りにやたらとスペイン語の地名が多いのは、1848年に割譲されるまでメキシコ領だったからだ。
初めての砂漠での野宿だった。州道からかなり離れた窪地なので、今まで過ごした都会のダウンタウンの喧騒に比べて、恐ろしく静かであった。日が落ちると、気温は急激に下がってきたが、日中火照った体にはちょうどよい。
ステーキを焼き、熱いコーヒーを沸かす。遠くにコヨーテの鳴き声が聞こえる。食事を終え、タバコに火を付けて寝袋に入り、砂漠の夜空を見上げる。18世紀の開拓民の偉大なフロンティア・スピリットに思いをはせた。馬や馬車しか交通手段がなかった時代のことだ。
不便といえば、私自身も自衛隊レインジャー部隊のサバイバル・トレーニングで、山中に3ヶ月近くも野営したことがある。その経験からすれば、もちろんアメリカの荒野での野宿など余裕であった。だが、文明国アメリカを旅行中だというのに「敵(?)」に発見されないように、自然を利用して自分やバイクを偽装(カムフラージュ)して寝る癖が抜けず、出発する際も、ゴミを残さず、木の枝を使いホウキ代わりに痕跡を抹消している。
広大な荒野の中、一人ぽつんと環境錯誤の行動を実行している自分に呆れつつ、日の出と共に、さらに東に向けて出発した。
第9回:
マシン・トラブル