■拳銃稼業~西海岸修行編

中井クニヒコ
(なかい・くにひこ)


1966年大阪府生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊中部方面隊第三師団入隊、レインジャー隊員陸士長で'90年除隊、その後米国に渡る。在米12年、射撃・銃器インストラクター。米国法人(株)デザート・シューティング・ツアー代表取締役。


第1回:日本脱出…南無八幡大菩薩
第2回:夢を紡ぎ出すマシーン
第3回:ストリート・ファイトの一夜
第4回:さらば、ロサンジェルス!その1
第5回:さらば、ロサンジェルス!その2
第6回:オーシャン・ハイウエイ
第7回:ビーチ・バレー三国同盟
第8回:沙漠の星空の下で

■更新予定日:毎週木曜日

第9回: マシン・トラブル

更新日2002/05/09 


コロラド川を渡って、ユマという町に入る。ここからはアリゾナ州だ。辺りの景色が巨大なサボテン群で覆われてきた。いかにも西部の荒野を彷彿とさせる土地だ。

アメリカのへき地というのは、想像を絶する田舎で、当人たちには大きなお世話だろうが、砂漠の荒野にぽつんと立っている家を見ると、一体何をして生活をしているのか、予想もできない。

ある時、まわりに街も何もない寂しい道を走っていると、突然、背中から恐ろしい爆音が襲いかかってきた。爆音の正体は、対地攻撃機A?10サンダーボルトであった。近くに航空基地でもあるのであろうか? 超低空で旋回するA?10は、バイクで移動する私をさしずめ攻撃目標と設定して演習をしていたのだろうか。

2回目の「攻撃」を受けた時、私がすれ違いざまに片手を上げると、「悪いね」とでもいうように、A?10は友好の証、翼を左右に振る仕草で飛び去って行った。ソ連が崩壊する1年前である冷戦最後のこの年、サンディエゴでもアリゾナでも、米軍の基地は活気に満ちていた様子だった。

暑さも一層厳しくなり、降り注ぐ太陽の光は、露出している肌を刺すがごとく強烈であった。少し走っただけでも強烈な喉の渇きが起こる。空冷式のエンジンは、恐ろしいくらい熱を帯びていて、シートに跨るのも辛くなる。

州道沿いはガス・ステーションも少なく、ようやく見つけても、今時ハンドルを手で廻しながら入れるタイプの手動式給油機があって驚かされた。

「そんな小さいタンクじゃこの先、もたねえぞ」と、ガス・ステーションから出てきた麦わら帽子の親父が、オイルに汚れた1ガロン缶をくれた。これにガソリンを詰めればこのバイクの場合、もう100kmくらいは走行距離が伸ばせる。ガソリン・メーターも付いていない私のバイクには心強い味方になった。

さらに「ボーイ。アイスでも食ってけ」と、何やら赤、青、黄色のケバケバしい色をしたアイスクリームを放り投げてくる。、ありがたく頂いて食べると、体の熱さが一瞬にして下がる。アリゾナの田舎の人は、無愛想だがなにかと親切だった。

道路はたまに未舗装のダートになったりしていて、フリーウエイ以外の道は、意外に未整備なところが多い。なるべくフリーウエイを避けて走っていたので、進路は大きく迂回を余儀なくされ、アリゾナ州の南の町ツーソンまで過酷な移動となった。

暑さと喉の渇きに疲れ果て、夕方道はずれの途中のドライ・リバーで野宿を決めて、休むことにした。こんな調子では先が思いやられる。アメリカの地図を広げてふさぎ込んだ。強烈な日焼けをした腕が、ミミズ腫れ状態になってしまっていた。携帯用のAMラジオから流れるカントリー・ミュージックとコヨーテの遠吼のBGMを聞きながら、寝袋にもぐり込む。「どうせ明日も暑いんだろうな…」と独り言を言いながら。

常にガソリンの残量を気にして走る、ガソリン・ラリーのようなツーリングである。スタンドで3ドル先に払って「満タン」と言うのも板についてきた。早朝に出発し、暑い午後は3時位まで昼寝をして、また走る。

そんな灼熱とサボテンのアリゾナ州の横断も終わりに差しかかったある日の昼下がり、いつものようにエンジンと道路からの熱風と戦いながら、ダートを走っていた時だった。急にエンジンのパワーが低下して、ガソリンは十分あるにもかかわらず、ノッキングを起こし始め、ついにはウンともスンとも言わなくなった。

「えっ?」冷や汗が滲み出てくる。キックで再度エンジンをかけようとしても、いうことを聞いてくれない。しばらくエンジンを冷やしてからトライするが、結果は同じだった。強烈な暑さの中で、この単純動作の果てしない繰り返しは、確実に体力を消耗させた。

しかし、エンジンは一向にスタートする気配もない。「焼け付きか?」と最大の不安が、頭をよぎる。そんなことはないはずだ。オイルも今朝チェックしたばかりなのだ。ロスを出てまだ1,000kmも走っていないのに。

どうすることもできなかった。仕方なく寝袋で日陰をつくり、すでにお湯になっているペットボトルの水をチビチビ舐めながら救援を待つことにした。

常にエンジンの爆音と戦ってきた私の耳には、辺りは異常な程の静寂さであった。微かに、乾いた風と暑くなったエンジン・ブロックの「カチッカチッ」という音だけが聞こえている。ここは、州道からも離れた田舎道でほとんど車の通行もない。もし助けてもらったとしても、その先どうすりゃいいんだ? このバイクは直るのか? 

最終予定地のニューヨークまでは、遥か8,000kmの彼方なのだ。

 

第10回: アリゾナの夕焼け