第46回:西部劇名作選 ベスト20 No.12
マイケル・ウィナー監督 『ローマン』(原題:Lawman;邦題:追跡者;1971年)
ローマンとは法を司る者の総称だが、西部にあってはシェリフやマーシャルなどの実際にアウトロー(無法者)と対決し、逮捕または銃殺する権利を持っているものを指す。裁判官、検事、弁護士など、法律に明るく、法を執行する者まで含めることはない。
西部開拓時代の面白いところは、抜きん出たガンマン、アウトローが隣町とまでは言わないが、お隣の州、領域の町でローマンになることは珍しいことではなかったことだ。ローマンとアウトローとの境界が線を一本引いたように、明確でなかったのだ。
町のシェリフは住民の投票で選ばれるのだが、選挙は今でもそうだが、弁舌の立つ者が勝つ、しかも大変な拳銃使いだとの評判があれば、その町のチンピラ的暴れ者を押さえることができるのではないかと、悪を制するのに大悪を持ってする考え方があったのだろうか。
ジョンソン郡の戦争の時、フランク・M・ カントンなども元々アウトローだったが、牧畜男爵たちに担ぎ出されローマンになっているし、有名なワイアット・アープも、とても正義の味方、シェリフと言えたような人物でなく、娼婦の宿、ギャンブルサルーンの用心棒を務めたり、クラントン一家を無法に殺している。
この映画『ローマン』は制作、監督がイギリス人のマイケル・ウィナーで、1971年に封切られた。マイケル・ウィナーは英国でサスペンス、ミステリーを得意分野にしてた監督で、自身アメリカ西部劇に憧れるところがあったようだ。
マイケル・ウイナーは職人芸的な映画作りをする定評があり、しかも矢継ぎ早に次々と制作して行くという評判がもっぱらだった。彼が西部劇を撮ると発表した時、なんでまたイギリス人がホコリと汗にまみれた西部にノコノコ出かけ、自分に全く馴染みのない西部劇を撮るのだと懐疑的な意見が多かった。
第一、撮影のロケ地さえ定かでなかった。マカロニ・ウエスタンよろしく、イタリアかそれとも当時ハリウッドの大作のロケ地として大いに使われていたスペインはアリカンテ郊外か、二転三転した挙句、メキシコのチャパデーロになった。そこはハワード・ホークスが『リオ・ロボ』を撮ることになった町、村だ。
舞台は決まった。そして、俳優である。
どうしてこんな名優を一堂に会することができたのだろうか。主演はバート・ランカスターとロバート・ライアン、そしてリー・ジェイ・コッブ、そしてロバート・デュバルと渋い名優を集めているのだ。ゲイリー・ウィルソンの脚本が良くできているので、これなら、この役なら出ても良いと俳優が集まったのだろうか。
ストーリーはお決まりで、町を実質的に支配しているボス(牧畜男爵)のバカ息子がサロンバーで酔っ払った挙句、銃を乱射し、人を殺めてしまう。しばらくしてからUSマーシャルが単身町に乗り込んできて、バカ息子を逮捕し、裁判に掛けようとする。それがどのような買収にも応じない屈強のローマンで、モデルはピンカートン探偵社のチャーリー・シリンゴ(Charles Angelo Siringo;1855-1928年)だ.
町のボスは、できることならお金で解決しようとする。町のシェリフは正義と法のバランス感覚のある男だが、町のボスの息がかかっている。一方のバカ息子はポン友を集め、USマーシャルを殺そうと図る。
様々な屈曲の末、USマーシャルはこの町には、町のやり方がある、こんな事件は町のシェリフに任せるしかないと、馬に跨り町を去ろうとした時、町が牧畜男爵のボスに支配されることを忌み嫌う人物が、背後から故意にUSマーシャルに当たらないように銃を撃つ、馬から転げ落ちるように地面に這ったUSマーシャルは、当然、バカ息子一派が卑劣にも背後から撃ってきたと思い、その一味をすべて撃ち殺す。
その場に居合わせたボスは、いくら愚か者であっても我が子が射殺されるのを目の当たりにし、彼もリヴォルバーを抜く。これが普通の西部劇と全く違うところで、ボスは拳銃を咥え、自らを撃たのだった。
ここに西部劇の最後の場面、両者の決闘で、片方が自殺するという前代未聞の結末が展開されたのだった。
ガチガチのローマン、どんな交渉にも応じず、法は常に我が側にあると信じでいる男、USマーシャルのあり方をイギリス人の監督は巧みに描き切ったのだ。もちろん西部劇だから撃ち合いはあるが、どちらかといえば心理劇に近く、名優たちの演技が見ものだ。
どうも、生粋のアメリカ人、とりわけ西部、ハリウッドの監督では、とてもこんな西部劇には仕上がらなかったと思わせる。それでいて、ランプの光、町並み、登場人物の服装などは、西部劇を何本も撮っている監督よりはるかに詳細で、時代考証も的確なのは、ヨーロッパ人監督が素直に歴史家などの意見、忠告を受け入れるからだろうか…。
どうも西部劇ばかり、ほとんどがB級、あるいはC級の駄作を観過ぎたせいか、この映画のようにヨーロッパ人が作ったモノの方が秀作が多いように思う。

『LAWMAN』のマカロニ・ウェスタン風のポスター
このポスターだけを見て、映画館に足を運んだ人は
西部劇にも意外な側面があることを知ったに違いない
余談だが、モデルになったチャーリー・シリンゴは、一体全体何人射殺したことだろう。それにしても良くぞ20年も生き延びたものだ。完全に引退してから、メモワー風の自伝、冒険談を書いている。一体何処までが事実で、何処からホラ、自慢話になっているのか境目が分からないが面白い読み物に仕上がっている。
一切妥協しない男、常に法は自分の側にあると信じていた男、シリンゴは、引退後、1928年まで生き、ロス・アンジェルスで貧困のうちに死んでいる。享年73。

チャーリー・シリンゴ
〈Charles Angelo Siringo;1855-1928年〉
-…つづく
第47回:西部劇名作選 ベスト20 No.13
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