第35回:西部劇名作選 ベスト20 No.1
マスコミによくザ・ベスト・テンが現れる。古くは“日本の名山100選”に始まり、お正月休暇に訪れるべき“銘湯”10選、ヨーロッパで見逃せない20の国、都市、村などなど、選ぶのが流行りのようだ。
映画でも戦後の名作30とか、最もセクシーな女優20人とかがインターネットに載る。そこで私もそれを真似て、多少は知っているべスト西部劇20を選んでみた。
と言っても、私がいくら暇人でも、もちろんすべての西部劇を観たわけでなし、それどころか非常に限られた作品しか観ていない。よって、私選、しかも偏見に満ち満ちたベスト20になる。
今住んでいるロッキーの山裾の森で、どういうわけか“outlaw”という西部劇ばかりを放映しているチャンネルが受信できる。惚けたようにその“outlaw”を観て驚いた。私が耳にしたこともない、なんという膨大な西部劇が量産されていたことだろう。そしてその90%は粗製濫造、ワンパターンの繰り返しで、5、6本も観たら、後は筋書き、結末まで預言者でなくても言い当てることができるような駄作が圧倒的に絶対多数を占めているのだ。
日本のテレビ局も真剣に選んでいたのだろう、『ローハイド』『ガンスモーク』『拳銃無宿』『ライフルマン』『ボナンザ』などは毎週楽しみにして観る価値があるそれなりに優れたシリーズなのだ。だがその底辺に、氷山の水面下に沈んでいる氷のように、とんでもない数の西部劇が存在していたことを知ったのだ。
ここに私が取り上げた西部劇は年末、年始、チョット暇ができた時に、日本語のサブタイトルが付いておりYouTubeや他のストリーミングサービスで簡単にアクセスできると思われるものを選んだ。自然、古いモノが多くなってしまった。ジジイ、古臭いぞ! と言わずに、マア観てください。何度観ても見あきない作品を選んだのだから…。
筆頭のNo.1は『明日に向かって撃て』です。
原題は“Butch Cassidy and the Sundance Kid”でアメリカ人なら、西部劇ファンでなくてもこのブッチとキッズの名前くらい誰でも知っているが、日本では知られていなかったのだろう。映画配給会社が撚りに、撚り考え抜いたのだろうか、“明日に向かって撃て”とは実に良い題をつけたものだ。主演はポール・ニューマン、新人のロバート・レッドフォード、そしてキャサリン・ロスという当たり役の三つ巴だった。
この映画の脚本を書いたウィリアム・ゴールドマンはこれがほとんど初めての作品で、なんとか売り込もうと、タイプしただけの原稿をプロデューサーや監督、映画会社に送っていたところ、これに目を止めたスティーブ・マックイーンがこれはユニークな作品になる、映画権を一緒に買わないかとポール・ニューマンにシナリオを送り、持ちかけた。そこでこの二人、スティーブ・マックイーンとポール・ニューマンは20,000ドルで映画権を買い取ったのだ。若いシナリオライターのウィリアム・ゴールドマンはよほど金に詰まっていたのだろうか、当時としてもバカ安値の20,000ドルで映画権を売ったのだった。

映画が大ヒットした後でウィリアム・ゴールドマンは
このような本にしてシナリオを出版した。
表紙は映画権が絡んでいたのだろうか、写真を元にした油絵だ
当初、スティーブ・マックイーンがブッチを演じ、ポール・ニューマンがサンダンスをやる予定だったところ、スティーブ・マックイーンは映画会社と『トム・ホーン』に主演する契約を結んでおり、どうにもスケジュール調整ができず“明日に向かって撃て”から降りた。スティーブ・マックイーンの『トム・ホーン』は精彩のない映画だった。また、これがスティーブ・マックイーン最後の作品になった。
ロバート・レッドフォードをサンダンス・キッズ役に引っ張り込んだのは、監督のジョージ・ロイ・ヒルだった。ジョージ・ロイ・ヒルはハリウッドの監督ではなく、それまで西部劇を一本も撮ったことがない、東部のエリート大学で教鞭を取っているどちらかといえば舞台演劇やドキメンタリーを手がける監督だった。
ブロードウエイの演劇に縁の深いポール・ニューマンが伝手だったのだろう、ジョージ・ロイ・ヒルを巻き込み、そしてジョージがそれまでブロードウェイ、オフブロードウェイの舞台での経験しかないロバート・レッドフォードを連れてきたのだった。この映画がロバート・レッドフォードをスターダムにのしあげ、彼が中心になってサンダンス映画祭を主催するまでになった。

映画のポスター。この二人、実によく決まっている
そして映画の方である。主人公が最後に二人とも死ぬというそれまでの西部劇にはありえない設定の上、撃ち合いが最後までない西部劇というので、映画評論家は酷評した。西部劇の主人公、例えばジョン・ウエインは決して死なないのが西部劇の定盤だった。それが西部劇というものだった。
ところがこの映画ときては追跡者と対決することもなく、ひたすら逃げまくるシーンが27分も続くのだ。しかも追い詰められた挙句、断崖から飛び降り、激流に流され命辛々、逃げ切るのだ。今までの西部劇とは趣を180度異にしていた。
散々な酷評にも関わらず、蓋を開けてみるとまさに前代未聞の大成功だった。
映画のプレミアムには、ブッチの一番下の妹ルラ・パーカーが列席している。
そして音楽だ。西部劇の映画音楽はカントリーウエスタンの男性歌手や男性コーラスが雰囲気を盛り上げるように映画が初まり、監督、プロデューサー、主演などなど名前がスクリーンに映し出される時に流れるのが決まりきったような約束事だった。『ハイヌーン』『ローハイド』を思い起こしてもらいたい。
ところが『明日に向かって撃て』のテーマ曲“Rain drop falling on my head”ときた日にはまるで西部劇の雰囲気でない、軽妙、コミカルな詩、曲想なのだ。だが、ストーリーが進んで行くうちにバート・バカラックの曲が気にならないどころかピッタリと画面に合い、融合していき、この映画にはこれ以外の音楽はありえない、とまで感じいったことだ。
『明日に向かって撃て』は西部劇という枠を外したとしても、名作中の名作映画だ…! なのです。
まだ観ていない人は是非、ご覧あれ、観たことがある人も是非、是非、もう一度観てください。
この映画に出会わなかったら、私は西部を駆け巡るブッチ行脚をしなかったと思う。
-…つづく
第36回:西部劇名作選 ベスト20 No.2
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