第21回:西部奇談 ケイト・ベンダー その6
アメリカの西部開拓時代でも、盗品の売買は犯罪行為だった。ベンダー家からバカ安値で買い取ったことがある近隣の農家、古物商、旅籠などが即、素直に地元のシェリフに届け出たのは頷ける。また、閉鎖的な町や村では、ドイツ語訛りの英語を喋る流れ者がずいぶん逮捕されている。まるで疑わしきはまず捕まえて、それから取り調べろ! を実践しているかのようだ。
いかにもアメリカ的なのは、ベンダー博物館まで開設まれ、怪しげな遺物が展示されている。凶器の金槌、ハンマー3種類、靴屋用の先の尖った金槌、石を割るのに使う歪曲したハンマー、鍛冶屋が使うような重い大金槌を、事件当時チェリーヴィルのシェリフだったレロイ・デックの息子がベンダー博物館へ寄贈している。それがなんと、ほぼ100年後の1967年になってからのことだ。
ベンダー一家の大量殺戮が行われたのはラベッテ郡で、一番近いチェリーヴィルの町は隣のモントゴメリー郡にあり、どちらが本家のベンダー博物館であるかの争いまで起こっている。私自身訪れたことはないのだが、他に何もないカンサスの南東では、ベンダー事件すら、観光資源になっているようなのだ。
アメリカ史上最悪と言われた“血に塗られたベンダー家”の家族4人、両親ジョンとエルヴィラ、そしてジョン・ジュニア、ケイトはまんまと逃げおおせたのだ。英語を満足に話せなかった父親ジョンと強いドイツ訛りで話すエルヴィラが入り込めるコミュニティーは限られていたはずだが、よほど周囲と隔絶、孤立した生活をしていたのか、足取りは全く掴めなかった。
また、ケイトのように強い個性を持った娘は、どんな町や村に行ってもすぐに目立つ存在になったと思われるし、数年に渡り霊媒で甘い汁を吸ってきたのだから、どこか他所に行っても同じショーバイを始めたと思われるのだが、その線からはケイトは浮き上がってこなかった。
もっとも、当時のアメリカにはこの手の霊媒、占い師が何百人といた。メキシコに逃れても、スペイン語のできないケイトができる仕事は限られており、グリンゴが出入りするバーやサルーンの女給くらいしかなかったろう。スペイン語が達者な刑事、捜査官を送り込めば、案外簡単にケイトを発見し、逮捕できたと思う。
だが、1873年当時、アメリカとメキシコの関係はそれを許さなかった、というより、殺人犯を追って異国に入り込むほど、法律が整備されていなかった。いわばテキサス、ニューメキシコと、メキシコの長く広い国境地帯は本当の無法地帯だった。

ベンダー家の裏庭に広がる遺体発掘ポイント
ベンダー家の裏庭で掘り起こされた遺体はその後の調べで:
*ベン・ブラウン: カンサス州ハワード郡、2,600ドル所持
*W.F.マクロッチー: コロラド第三義勇歩兵隊所属、38ドル、馬車とそれを引かせていた馬2頭
*ヘンリー・マッケンジー: インディアナ州ハミルトン郡、36ドル、馬2頭
*ジョニー・ボイル: カンサス州ハワード郡、10ドル、鞍を置いたメス馬;ベンダー家の井戸で発見される
*ジョージ・ロングコーと娘メリーアン(18ヵ月とも8歳とも言われている): 彼らがインデペンダンス、カンサス州で大草原の小さな家の作家ローラ・インゲルスと二軒離れたところに住んでいた。彼らと極親しかったのがウイリアム・ヘンリー・ヨーク医師だった、所持金1,900ドル、馬2頭に馬車
*ジョン・グリーリー
*レッド・スミス
*アビゲル・ロバーツ
*ジョーンズ: ドラムクリークで遺体発見、死因は同じ喉を一文字に切られ、後頭部陥没
*1872年2月、身元不詳の2名が草原で発見される、死因は同じ
*他ベンダー家の庭、畑で4名の身元不明の男の遺体が発見される、死因は同じ
*ウイリアム・ヨーク医師: 彼はジョージ・ロングコーと娘の行方をたどり、ベンダー家に行きつき、そこで殺された。彼の兄、ヨーク大佐がベンダー家を本格的に捜査し、ベンダー家の大量殺戮が明るみに出た。ヨーク医師は2,000ドル所持
*その他にも、切り取られた手足3人分が見つかったが、発見された遺体のすべての手足が揃っているところから、この3人はどこか別のところに葬られたとみられている。
こうしてみると、ベンダー家の犯行はケイトの霊媒がきっかけになってはいるが、相当額の金品が絡んでいる。カンサスの平原の片隅の農民にとっては、まさに天文学的な数字に及ぶ金額だ。その後の逃亡資金になったことだろう。
犯行は場当たり的で、証拠隠滅などの配慮を全くしていない。もし、地元のシェリフが聴き込みとまでいかなくても、ブラリと訪れたなら、異常な臭気、床に散った血痕、裏庭に盛り上げられた奇妙な土などですぐにもバレていたことだろう。
日本の農村集落とは異なり、アメリカの開拓民は独立、孤立している上、広大な土地を所有していた。私たちが住んでいる高原台地の森でも、まず発見できないであろう洞穴などが無数にある。トレーニングされた犬を何十頭使ったとしても、犬が到達できない岩壁の洞穴もある。
ベンダー家は余程孤立し、近所付き合いなど全くしていなかった。近所の人たちも、と言っても一番近いお隣さんでも3キロは離れていたが、ベンダー家には近寄らなかった。
屍体を井戸に投げ込んでいるが、その後井戸が全く使えなくなることを彼らは百も承知だったことだろう。一時の激情で、どこに遺体を隠せばいいのか混乱し、井戸に投げ込んだのかもしれないし、その時点で逃亡することを決めていたのかもしれない。わざわざ、穴を掘って埋めるまでもない、としたのだろうか…。
西部開拓史上、最悪最大と言われるベンダー家の殺戮は、大袈裟なまでに騒ぎまくられた割には、具体的な検証が少なく、ベンダー家の面々、4人とも、誰も捕まらずに幕を閉じた。
-…つづく
第22回:失われたダッチマンの金鉱 その1
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