第34回:西部開拓時代の虚像と実状 その2
そして、西部劇に欠かせないのが馬だ。アメリカ大陸に馬を持ち込んだのはスペイン人だが、それがメキシコから北上し北米に広がった。アメリカ産の馬は“クォーターホース”と呼ばれ、4分の1マイル(400-500メートル)を全力で走らせることができるところからクォーター(4分の1)ホースと呼び習わせられているアラブ馬の混血種だ。
馬は繁殖力が遅く、雌馬に種をつけてから20ヵ月もの妊娠期間を経なければ仔馬は誕生しない。それも豚、犬、猫のように何匹も生まれず、一頭ずつだ。だから馬が北米に入ってきてから蔓延するまで、大変長い年月がかかっている。
1855年頃まで、テキサスの牧場ではラクダが主流だったようだ。だが、どうにもラクダに跨ったカウボーイというのはサマにならない。ラクダは「月の砂漠を~~」か、トゥアレグ族やベルベル人に任せておく方がイメージに合う。

アメリカン・クォーターホースと総称され、おそらく世界中に400万頭いると言われている
良い馬を持つことは西部の男どもの夢だった
馬は高価な貴重品で、馬泥棒は死刑もしくはリンチに値する犯罪だった。西部人らは誰しも良い馬を欲しがった。作業用には雄のロバと雌の馬を掛け合わせたミュールが主体だった。
ミュールは扱いやすく、粗食に耐え、従順だが、ミュールの二代目、オスメスのミュールを掛け合わせ仔ミュールを産ませることができない。ミュールは一代雑種なのだ。
そして、ハリウッド西部劇では伝わってこない牧場の臭さがある。
中西部をドライブしていて、牛の集散地近くになるとかなり手前から牛の臭気、牛糞の香りが漂ってくる。広大な地域全体が臭気に覆われているのだ。谷間にある大学町の郊外に住んでいた時、斜め向かいの家が乳牛を2頭飼っていた。このたった2頭でさえ、風向きによって、田舎の香水をたっぷり我が家の部屋の中まで送り込んできたものだ。
スカンクほど強烈ではないにしろ、牛馬動物自体臭いものだ。それにまみれて働いているカウボーイたちも衣服だけでなく、体の芯まで牛馬の匂いが染み付いていたに違いない。それにテキサスから牛を追って1ヵ月以上の旅で風呂やシャワーにありつくチャンスはない。もちろん着替えなど全く持ち歩いていないから、着た切り雀だった。
現在でも、西欧人の体臭の強さには辟易させられることがママある。アメリカでは早くからデオドラント (deodorant;防臭・制汗剤)が広まっていたようだが、私が初めてヨーロッパを訪れた半世紀以上前、まだ誰もデオドラントなど使っていなかったのだろう、彼らの体臭には辟易させられた。
マドリッドの地下鉄などは、ウヘッと吐きそうになるほど強烈な臭気に満ちていたものだ。カウボーイ自身の体臭と1ヵ月以上も汗にまみれたシャツ、ズボンとで悪臭を放っていたに違いない。西部劇ではいつもシャキッとしたシャツを着ているのだが…。せいぜい脇の下が汗ばんでいるのが見える程度なのだが…。
大西部は開拓部落を含め相当臭かったのだ。こんな臭気は、ハリウッド西部劇からは臭ってこない。
葉隠(江戸時代の武士の心得読本)を読んでいて、佐賀の武士たちのダンディズムに呆れ、驚く。武士たるもの毎朝行水し、下着を取り替え、爪をマニュキュアし、月代(さかやき)を綺麗に剃り、鬢(びん)には香油をつけ、出陣の前には兜に香を焚き締めたというのだから、彼らの美意識、ダンディズムは相当なものだ。
翻って西部の男たちのダンディズムとは、リボルバー拳銃、馬、そしてサドル(鞍)、スタットソンの帽子、そして黒ずくめのズボンとシャツ、いかにも何気なく首に巻いたネッカチーフくらいのもので、とても下着を取り替えるとか、香油、香水を振りまくところまで到達していない。

西部劇に登場するサドル(鞍)
もちろん競馬や馬術用のものとは大きく異なる
辺境西部では、女日照りが激しかったことは以前書いた。ほとんど希少価値のある女性、開拓民の主婦らは風呂に入ることがなかった。西部劇にあるように、大きな桶のバスタブに沸かした湯を注ぎ入れるのは大変な贅沢なことで、せいぜいタライに少量の湯を入れ、身体を拭く程度だった。
開拓民だけでなく、サロンバーに侍る女性たちにしろ、入浴の習慣は持たなかった。従って、相当な体臭、腋臭を撒き散らしていた。そこへ、体臭を消すため、強烈な香水をふんだんに振りかけていた。当然のことだが、脇毛を剃ることもなかった。どうにも、佐賀藩の武士の爪の垢で煎じて飲ませた方が良いような、臭気を放ち、汚れていたのがサロンバーの女性群だったようだ。
ギャンブラーの制服であるかのような黒ずくめの服装ほど、西部に適していない衣装はない。カウボーイでなくとも、サロンバーに出入りするだけにしろ、当時の町、道路は全く舗装されておらず、ホコリにまみれていた。黒ほどホコリの目立つ色はない。黒い車は汚れやすいのと同じ理屈だ。
アウトローの究極たる銀行強盗は、南北戦争後の40年間で西部15州で4件しか発生していないという統計がある。それほど、西部辺境は意外にも安全なところだったようなのだ。
そして、西部劇のクライマックスである決闘、人気のない、町の住人がひっそりと建物の中に身を隠し、シェリフと悪漢が町を貫くメインストリート、それも土埃の舞う中で撃ち合いを演ずるというハリウッドの定盤シーンなどは、まるでなかったようなのだ。
誰しも自分の命が惜しい、死にたくない。向き合っての決闘になる前に、物陰からライフルで撃ち殺す方がはるかに簡単だ。江戸時代に白刃を抜いてのチャンバラなどほとんどなかったのと同じだ。それだけに、赤穂浪士の討ち入りは衝撃的な事件だったに違いない。
西部劇の魅力は、大自然の外気がスクリーンからそのまま伝わってくることにある。
荒地に突き出た壮大な岩山“モニュメント・オブ・ヴァリー”、大平原、遠くにしかしクッキリと大空に浮かび上がっている山々、これがなければ西部劇は成り立たず、西部劇ではないとさえ思う。その意味で、私はイタリア製のマカロニ、スパゲッティー・ウエスタンを支持しない。
スタジオの外に初めてカメラを持ち出したハリウッド西部劇にドップリと当てられていることを認めても、大自然のないウエスタンは西部劇とは言えないと信じている。


モニュメント・ヴァリー、ジョン・フォードポイント
-…つづく
第35回:西部劇名作選 ベスト20 No.1
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