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■西部開拓時代の伝承物語~黄金伝説を追いかけて

 

第15回:ネマハ川の黄金財宝

更新日2024/08/01

 

カンサス州の北東、ネブラスカまで3、4マイルのところにセネカ(Seneca)という町がある。セネカはローマ時代の哲学者であり、悪名高い皇帝ネロの家庭教師だったが、町の由来とは関係ない。現在、大平原を東西に走る幹線ハイウェイのInterstate 70(I-70号線)と並行するようにその北にUS-36号線が通っている。

この町はかつてポニー・エックスプレスが馬を乗り換える中継地点だったという以外、西部開拓史に登場しない小さな町で、私も何度かUS-36号線を走ったが、余程の注意を払っていないと、いつ通り過ぎたか見逃すほど小さな町だ。人口は2,000人ほどだが、年々減少している。

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1900年初めに建てられたセネカの町の代表的な建築物、セント・ピーター・ポール教会

アメリカの面白いところだが、こんな小さな田舎町にも新聞が発行されていることで、セネカでも過去に発行されていた。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズが地域の住人を対象にしている地方紙であるように、セネカにも『セネカ・クリエー・トリビューン』(Seneca Courier Tribune)という立派な名前を掲げた、地元の人だけを対象にした新聞があった。
 
その新聞の編集を1930年から1970年までの40年間勤めたエードリアンという男性が、1971年にカンサス州の地方歴史家デイヴィッド・デイリー(David Dary)に語ったハナシなので、また聞き、孫引き、ひ孫引きになってしまうのだが、1938年に新聞『セネカ・クリエー・トリビューン』が創刊75周年記念特別号で、セネカの北2マイルを流れるネマハ川の財宝談を詳細に載せている。
以下はその伝承である。

今、フォティーナイナーズ(49ers;49年の者ども)というのは、サンフランシスコのアメリカンフットボール・チームの名になっている。まだ開けていないアメリカ西部に、1849年のカリフォルニアのゴールドラッシュは一挙に、まるで怒涛のごとく人々が押し寄せた。

マサチューセッツから来た二人の若者は、北カリフォルニアの金鉱を掘り当て、財をなした。まだまだ掘り続けることもできたのだが、西部の鉱山で、村とも呼べない集落での暮らし、食い詰め者の坑夫相手に、しかも常に身の危険を感じながらの生活に疲れたのだろうか、東部マサチューセッツの町への、そして家族への郷愁にかられ、幌馬車隊を仕立て、帰郷することにしたのだ。

それがどれほどの規模の幌馬車隊であったのか、何頭の馬、ミュールに何台の幌馬車を引かせていたのか、護衛を何人連れていたのか、はっきりしない。だが、掘り当てた金に物言わせ、長旅の準備は万全だったろう。
 
彼らがセネカの北を流れるネマハ川のほとりに着いた時、そこまで幌馬車隊を監視するように、あるいは取り巻くように見え隠れしていたインディアンが意を決したかのように総攻撃をかけてきたのだ。インディアンに襲撃される可能性を早くから読んでいた若者は、火薬、銃弾を入れるための大きな缶に金を入れ、穴を堀り、埋めたのだ。1855年のことだ。

まだライフルはやっと薬莢を使う元込め式が出回り始めた頃だったから、彼らが持っていたのはおそらく先込め式の単発銃だったろう。単発の先込めライフルは連発できないので、インディアンの強力な弓の方が遥かに優勢だった。マサチューセッツの二人の若者と同行者らは全滅した。

伝説のワンパターンだが、一人だけ生き延びた。それがこのハナシの鍵になる。確かに、セネカは当時のインディアン領域内にあったが、1850年代にはすでにオレゴン街道を通って移住したパイオニアが5,000人はいたと思われる。しかも、セネカはポニー・エックスプレスの中継地だったから、なぜ一人生き残った若者がセネカに救援、保護を求めなかったのか不思議だ。そして、自分で埋めた金を掘り起こし、もう一度キャラバンを組織することもできたはずだ。だが、彼はそんなことをせずにマサチューセッツの故郷に単身戻ったのだった。
 
そこで、彼は亡くなった朋友の妹と結婚し、若い時代の黄金は幻想のように消えたのだろうか。おりしも南北戦争が勃発し、隠した黄金探しどころでなくなったのだろうか。一説によると、彼は北軍に徴収され、戦死したと言われている。

彼は妻と息子に詳しい地図を描き残した。それには、目標にする大木と直線を結ぶ古い井戸が示されていた。
 
息子がセネカにやってきたのは1883年で、彼は地の利のある古老を雇い、父親が埋めたという金、火薬を入れるブリキの缶を本格的に探し始めた。ところが、周囲の木立はすべて切り払われていたのだ。おまけに、激しく蛇行するネマハ川を多少でもスムーズに流れるようにと、地元の牧場主が流域を変えていた。残っていたランドマークは、古い井戸の跡だけだった。それでも、息子は2、3週間周囲を探索した。しかし、もちろん金の詰まったブリキの大きな缶を発見できなかった。

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1887年のカンサス州、リッチモンド郡、セネカ界隈の地図

1905年のこと、セネカの町で成功し、尊敬されていたビジネスマン、W.F.トンプソンはリッピィと名乗る男の訪問を受けた。リッピィはミズーリーとソルトレイク・シティー間の貨物輸送を手掛けている者だと自己紹介し、内密に願いたいのだが、ネマハ川沿いに埋められているという財宝に関して、かなり具体的でかつ正確な情報を持っている旨、宝探しに協力願えないかと持ち出したのだ。黄金が埋められた場所の地図を本人の未亡人から譲り受けたと言うのだ。

ネマハ川を挟んで両側はすでに私有地、農園になっており、その地主から発掘、立ち入りの許可を取ってくれないかと持ち出したのだ。そのようにして宝探しを開始したのだが、数週間経っても何も発見できなかった。こんな話は、秘密にできるものではない。これがトンプソンが1938年にセネカの新聞に聞き書きした内容だった。 
  
ところが、その界隈の土地を所有するC.H.ウエンプは他の人の立ち入りを許さず、独自に金塊探しを展開したところ、2個の金を発見したのだ。1955年になってからのことだった。

発見された金というのが2グレイン2分の1(1グレイン=0.0468グラム)という、けし粒以下の大きさのなのだ。ウエンプは火薬缶からこぼれた砂金だと吹聴した。このウエンプの話は、地元セネカでは全く信用されなかった。元々ホラ吹きだったのか、あの野郎、また話題の中心になりたがっただけだと、とった者が多かったのだ。
 
ネマハ川の金塊は大きく流れを変えた川筋から遠く離れたところに未だ埋められたままになっているのか、数年に一度は襲う激流に流されたのか、誰かが密かに掘り当て、持ち去ったのか今も分かっていない。

-…つづく
 


第16回:西部奇談 その1

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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