第22回:失われたダッチマンの金鉱 その1
西部開拓史に書かれている“ダッチマン(Dutchman)”はオランダ人、ネーデルランドから来た人を意味しない。アングロサクソンより遅れてきた移民団、ドイツ系すべてを“ダッチマン”と呼んでいたようだ。本来のオランダ人にとって迷惑この上ない総称だったろう。もっとも、“ドイッチェ(Deutsch)”が訛り、詰り“ダッチ”になったという説もあるのだが…。
ダッチという呼び方は、単音節で言いやすいこともあるが、どこか軽蔑、見下すような響きがある。ダッチワイフ、ワリカンで支払うことを意味する“go Dutch”、面目を失わされる“in Dutch”、人を突如ビックリさせることを意味する“beat the Dutch”などなど。“ジャップ”、“チンク”ほどはっきりした蔑称ではないにしろ、ダッチにはあまり尊敬されない、お金に細かく、油断できないケチのイメージが付きまとう。
この失われたダッチマンの金鉱伝説は、恐らく西部史上一番話題になった、そして眠っていると云われる金鉱の大きさでもトップクラスのものだ。子細に調査され、歴史的事実?を踏まえて書かれた本も多く、出版される度に埋蔵金の額が大きくなる傾向がある。しかし、中にはそんなものは全く存在しないと、全面否定する本まで現れた。
この伝説の中心はアリゾナ州の南西のウッケンブルグ(Wickenburg)近くで一人のドイツ人の行き倒れの死体が見つかり、彼が後生大事に抱えていたサドルバッグ、馬の背に左右振り分けるように背に乗せている皮のバックに、精製されていない金鉱がゴッソリと詰まっていたというのが、この伝説の始まりで、この男、ダッチマン=ドイツ人は、一体どこでこんな大量の金を掘り当てたのだろうと、話は急速に広がった。
彼の足取りを辿ると、どうも“スーパースティシャン山”(Superstition Mountain;迷信の山;こんな名前からだけでも、どことなく伝説的な匂いがするではないか)から来たと思われる。ダッチマンの死体が発見されたのが1870年代だが、20年後の1892年になってもダッチマンの金鉱はどこだと探し回る山師が多く、その年だけで9,000人もが“迷信の山”界隈を金鉱探しに来ているというのだ(ロバート・ブレイアーによる)。その中に、アリゾナ州の司法長官だったロバート・コービンもいたくらいなのだ。それぞれが自分だけが知る“間違いない、確実な情報”を掴んでの金鉱探しだった。
1977年になって書かれたグレンジャーの本では、この金鉱談をフルイにかけ煮詰めたところ、62件もの伝説、伝承になるとしている。そして、彼自身曰く「西武史上、最も有名になった失われたダッチマンの金鉱談は事実と幻想が渾然一体となったものだ」、としている。
その中でも一番広く伝わっているのは“ドクター・ソーン(Dr.Thorne)”の伝承で、話は1850年頃、ミゲル・ペラルタ(Miguel Peralta)なる男が家族共々アパッチに虐殺された、ミゲルは後にペラルタの金鉱と呼ばれる豊かな金山を見つけ、密かに金を掘り出していた。南北戦争の前のことではあるが、この一家全員、皆殺しは歴史的事実だった。
南北戦争が終わり、アメリカ全土に落ち着きが出てきた1870年になって、ソーン医師が重傷を負ったアパッチを看病し、回復させたところ、アパッチはえらく感謝して、ソーン医師に目隠しをして金山まで連れて行き、持てるだけの金を持たせ、また目隠しをして帰した、と言うのだ。
もちろん、ソーン医師はその金山の場所を特定できないまま、話だけが広がった。言い伝えではジェロニモまで絡んでくるのはハリウッド的行き過ぎだろうが…。このソーン医師がアパッチに連れて行かれた鉱山が、ペラルタが掘り当てた金山に違いない、そしてそれは“迷信の山”に辿り着く、ということになったのだった。
ぺラルタ家は1600年代にこの広大なアリゾナ、ニューメキシコ(当時はメキシコ領だった)の支配者、ペドロ・ぺラルタを出した名家で、スペインの王からその地域を与えられていたと云われている。その末裔がミゲル・ぺラルタだと言うのだ。1800年も中頃になって、スペイン国王から特権を得ていたペドロ・ぺラルタから200年以上経てから、ミゲル・ぺラルタ家族が金鉱を掘り当てた事実はある。
しかし、ペラルタ家の家系は大きく複雑で、1600年代のペドロと200年後のミゲルを確実に繋ぐ血統書のようなものは存在しない。家族規模の掘り方で1年間に当時の金額で3万5千ドル相当の金を得ているのだ。それはその金山に眠っているであろう金鉱の極一部で、5%にも当たらない産出量だと見込まれたのだ。
行き倒れのドイツ人が皮のサドルバッグに詰め込んでいた金塊もおそらく、同じ金山、“迷信の山”界隈で堀ったに違いないと思われ、ゴシップは広がった。ぺラルタの金鉱とダッチマンの金山は同じもので、すべては“迷信の山”に行き着くというのだ。

アリゾナ州フェニックスにあるロスト・ダッチマン州立公園
スーパースティション山(Superstition Mountain)
アパッチ族に伝わる伝説と金鉱に魅せられた人々が、
一攫千金を夢見てこの地に移り住んだようです。
ところが、20世紀になってから、ロバート・ブレイアー(Robert Blair)という西部史の歴史家が丹念に伝説を洗い直し、事実の裏付けを取り、17世紀にペラルタ一家がスペイン王から貰ったというお墨付きすら虚構だ、少なくともスペイン側にそんな記録は残っていないと、根元から疑い始めたのだ。
1800年代に入っても、現在のカリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコに当たる膨大な地域はメキシコ領土だった。しかし、それは至極ラフな意味のメキシコ領で、メキシコの中央政権が統制しているという意味ではなく、根付きの豪族、部族が所有していた。
ペラルタ家は幾つかあった地方豪族の一つで、金を発見、発掘したのは南カリフォルニアのことで、そこを襲撃したのはアパッチではなく、ナヴァホ族だと、ブレイアーは突き止めたのだ。現在、その鉱山はペラルタ金山跡として残されている。
“迷信の山”に金があると示唆している大元である石に刻まれたスペイン語と暗号らしき象形文字は、様々な解釈がなされてきたが、ブレイアーは石そのものが19世紀になってから刻まれたニセモノであることを証明し、膨大な数に及ぶ山師、金鉱探しを引き寄せてきたペラルタの金山は、アリゾナの“迷信の山”とは無関係だという結論に到達したのだった。
-…つづく
第23回:失われたダッチマンの金鉱 その2
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