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■フロンティア時代のアンチヒーローたち~西部アウトロー列伝 Part 5

第1回:ジェシー・ジェイムス~創られた英雄 その1

更新日2012/09/14


悲劇の英雄は常に普遍性を持つ。
ギリシャ神話を持ち出すまでもなく、深い人間性に根づいた性(サガ)に支配され、あるいは人間の能力を超越した天の力に揺り動かされるようにして悲劇が生まれ伝説となる。長い年月を経ても、現代にまで響くものがあるのだ。

Jesse James 
ジェシー・ジェイムス
[Jesse Woodson James]

ところが、"ジェシー・ジェイムス(Jesse Woodson James)"の生涯にも、最後にも、まるで普遍的な悲劇性がないのだ。それにもかかわらず、正確に数えた訳ではないが、ジェシー・ジェイムスが本に書かれ、映画化された数では他を圧倒している。

ビリー・ザ・キッド、ブッチ・キャサディー、ワイアット・アープ、サンダンス・キッズ、他の西部のヒーローたち、バファロー・ビル、キッド・カーソン、ワイルド・ビル・ヒコック、はてまたデビー・クロケットまでを含めた西部史上、ジェシー・ジェイムスほど多く書かれた人物はいない。強いて挙げれば、リンカーンだけがジェシー・ジェイムスを数の上で凌いでいるだろうか。

リンカーンには偉人伝的な子供向けの伝記が多いにしろ、南北戦争(アメリカン市民戦争、または単に市民戦争とアメリカでは呼ぶ)や、その後の統一国家としてのアメリカを築いた政策などなど、マジメな研究書が毎年続々と出版されている。

一方、ジェシー・ジェイムスの方はといえば、史実、事実とはおよそかけ離れた、粉飾された悲劇的英雄のイメージのまま現代に至っていると言ってよい。もうすでに史実としてのジェシー・ジェイムスのネタは出尽くしているのだが、未だに地元の新聞、『カンサス・シティー・スター』(2012年8月11日版) のトップ記事で、ジェシー・ジェイムスと一緒にミネソタで銀行強盗を働き、撃ち殺されたクレル・ミラー(Clell Miller)のDNA照合を郡が許可するのしないのと論争が載っていたりする。ジェシー・ジェイムスは未だによく売れる題材なのだ。

ジェシー・ジェイムスと兄・フランクの行幸にギリシャ悲劇が持つ人間性の深さはカケラもない。無知のままリンカーン郡の戦争に巻き込まれたビリー・ザ・キッドのような外圧があったわけでもない。ブッチ・キャサディーのように陽気に夢を追う明るさもない。

第一に、ジェシー・ジェイムスはパイオニアであったこともなく、カウボーイであったこともない。広大な荒地にそびえるモニュメント(ビュト)を背景に、牛を追ったこともなければ、野生の馬をブレイク(手なずけ乗りこなす)もしたことがないし、バファロー狩りの経験もなければ、インディアンと戦ったこともないのだ。彼には西部劇(たとえそれがハリウッドのイメージであるにせよ)の持つ雄大さのカケラもないのだ。

そこにあるのは、すでに充分開かれたアメリカ中部の狭い範囲にある村や町でのコンビニ強盗にも似た銀行強盗、列車強盗で、金銭を奪った後に、無抵抗な人間を撃ち殺す偏執狂的な人格だけだ。

出尽くした感のある史実をフルイにかけると、そこに残るのは酒乱でギャンブル狂、人を殺すことに喜びを見出す偏執狂的殺人者、日曜日には敬虔なクリスチャンを装い、家族揃って教会に行くご都合主義の二重人格者が現れるのだ。 

卑小な人間性を悲劇の主人公に仕立て上げたのは、突き詰めると一人のジャーナリストに行き当たる。彼の名はジョン・ニューマン・エドワーズ(John Newman Edwards)。

エドワーズ自身、南軍の将校として参戦した経験を持ち、南軍敗戦後、曲折を経て新聞社「カンサス・シティー・タイムズ」の共同経営者になり、自ら言い出したのか"西部のヴィクトル・ユーゴ"と称し、ジェシー・ジェイムスが現役で強盗殺戮を繰り返している時から膨大な量のジェシー・ジェイムス物語、秘伝を書きまくった。


ジョン・ニューマン・エドワーズ。西部のヴィクトル・ユーゴと称し、
『カンサス・シティー・タイム』新聞と10セント週刊誌『今週のジェシー・ジェイムス』を舞台に書きに書きまくった。

エドワーズは自分の新聞に書くだけでは収まらず、刺激的な絵を付けた『週刊ジェシー・ジェイムス』まで売り出したのだ。今の日本で言うなら、『週刊フライデー』や『フォーカス』だ。価格は10セントだった。

もちろん、ジェシー・ジェイムスもエドワーズのために、毎週のように銀行強盗、列車強盗、北軍や奴隷解放シンパへの復讐を展開してくれるわけではないから、エドワーズが書くモノガタリは、あえて言えば嘘八百の創造物で、ジェシー・ジェイムスに殺された銀行員、鉄道員、現金輸送車の警備員、乗客たちはすべて彼ら、殺された側に非がある……ことになる書きっぷりだった。

この大酒飲みで大ほら吹きは、物凄いスピードで書きまくり、膨大なモノガタリを量産した。エドワーズの体から酒気が抜けることはないと言われていたが、彼は一つだけ確かな目を持っていた。

南北戦争に敗れたミズリー、ケンタッキー、テネシー、オクラホマ州の人たちが何を望んでいるかを見極めていたのだ。そして、それが"金のなる木"に育つことを知っていたのだ。

【…つづく】

 

 

第2回:ジェシー・ジェイムス ~創られた英雄 その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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