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■フロンティア時代のアンチヒーローたち〜西部女傑列伝 5
 

第3回:カルト・ケイト 〜ジェイムス・アヴェレルとの出会い

更新日2017/06/22

 

シャイアンというインディアン部族の名前を冠した町は、ワイオミング州の州都だが、現在でも人口5万人少々の田舎町だし、カルト・ケイトが移ってきた1886年にはワイオミングは州になっておらず準州と呼ばれていた。

鉄道が敷かれシャイアンから肉牛を大量に東部に送り込めるようになってから急激な成長を遂げ、“マジック・シティー”とか“平原の女王”とか呼ばれるようになり、東部からドッと一攫千金組みが押し寄せてきた。1870年の人口はたったの1,450人だったのが20年後の1890年には11,690人に急増している。金山、銀山とは別種の肉牛のブームタウンとして膨張していったのだ。

ケイトは鉄道線の延長につれて、シャイアンから隣町のローウインズに移っている。職を求めてというより、食べ物にありつくために移動したのだろう。そのローウインズの町の旅籠レストランでコック兼ウエイトレスとして働き始めたのだ。雇い主にとって、ケイトは骨身を惜しまずに体を粉にして働くとても良い使用人だったことだろう。

また、ケイトは人並み以上の体力と機敏さを持ち合わせており、コックの腕の方の評価は残っていないが、ウエイトレスとして客あしらいが臨機応変に巧みだったというコメントはたくさん残っている。すぐにレストランのマネージャー的役割もこなすようになった。こんなところから、後にケイトは旅籠のオーナーとだけでなく、客とも幅広くネンゴロになっていたと噂されることになるのだが…。

この旅籠の持ち主は、ジェイムス・アヴェレルというインテリのパイオニアで、未だに明確な確証はないのだが、最近になって歴史家は、このジェイムス・アヴェレルがイエール大学かコーネル大学を出ている…と言い出している。西部の辺境ではズバ抜けたインテリであったことは間違いない。

ジェイムスは、鉄道の停車場ローウインズがオレゴントレイル、モルモントレイルにも近いところから、そこに旅籠レストラン兼簡易郵便局兼雑貨屋兼サロンバーを開いたのだ。彼自身もそこから程遠くないスイートウォーターに牧場を構えていた。

彼のショーバイはウケに受けた。今では当たり前だが“テイク・アウェイ”=お持ち帰り用弁当を売ったのだ。近いところへは出前もした。この50セントお持ち帰りセットは良く売れた。簡易郵便局自体は儲け仕事にならないが、郵便物を受け取りに来る周囲の百姓、牧場主たちはそこで日用品を買い、ついでに一杯引っかける、小自作農たちの溜り場になっていた。

 
ジェイムス・アヴェラル(James Averill) 
実に不思議な男だ。とかく評判だったケイトを妻にし、自作農のために論壇を張り、
地方紙に書きまくり、面倒でかつ命がけの裁判に立ちあがった。
内に激しい情熱を秘めていたのだろうが、静かな優しい夫だった。

数寄者の歴史家というのは細かいことにこだわるものだ。そのような細事の積み重ねが対象にした人物のイメージを作り上げていくことは認めるにしろ、アンタガタ、そんなこと大勢に関係ないじゃないの…と言いたくもなる。だが、私のこんな読み物にしろ、彼らの膨大な調査の結果、美味しいところを取り利用させてもらっているのだから、私が彼らを批評することはできないのだが…。

というところで、1886年2月24日に初めてケイトとジェイムスの運命の出会いがあった…とされている。ジェイムスはすでに“何でも屋”を経営していたが、自分自身をジャーナリスト、小作農、小牧場主のための闘士と見ていたフシがある。言ってみれば、マメに動き回り、客にサービスを売るショーバイ人ではなかった…と思える。そこへ気がよく回るだけでなく、体力も備えたケイトが現れ、渡りに船とばかりケイトを雇い、すぐにケイトに全面的信頼を寄せ、店を任せるようになったのは自然の成り行きだった。

二人は1886年の5月に婚姻届を出している。ところがケイトの名前が“エレン・リディー・アンドリューズ” (Ellen Liddy Andrews)となっており、ケイトの本名エラ・ワトソン(Ella Watson)ではないのだ。エレン・アンドリューズがケイトであることは間違いない。ケイトの前夫、ウィリアム・ピッケルが陰湿にもガンとして離婚に応じなかったので、止むを得ず取った処置だと思う。

この婚姻届はシャイアンではなく、100マイル離れたランダーの裁判所へ提出しているとこ
ろから、ケイトとジェイムスの結婚を疑問視する歴史家もいるにはいる。この二人が法的な夫婦であったかどうかはほとんど意味を持たない。また、この結婚をケイトとジェイムスは公にしたがらなかった。

これにはホームステッド(Homestead;合衆国政府が西部開拓のため無償で土地を分け与えた政策)で土地の割り当てを独り者の女性にも適応しており、ケイトは独身女性として160エーカーの土地、それもジェイムスの牧場に隣接していた土地を貰い受ける申請をしているのだ。混沌とした西部開拓地ならではのことだが、偽名、匿名でホームステッドから土地を貰い受けている例はゴマンとあった。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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