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■西部開拓時代の伝承物語~黄金伝説を追いかけて

 

第25回:西部の起業家 バッファロー・ビル・コディ その1

更新日2024/10/17

 

1860年の夏、一人の少年がアメリカ大平原を馬を駆っていた。彼の名はウイリアム・フレデリック・コディ、後にバッファロー・ビルとして西部だけでなく、アメリカ全土にその名を知られることになる…、などと大上段に構えて書き始めることはないだろう。

バッファロー・ビルは西部に登場する人物の中でも特筆すべき人物であることは間違いない。ピックアップトラックを駆って西部を走り回っていて、幾度となくぶつかるのは、ルイスとクラークの足跡とこのバッファーロー・ビルにちなんだ場所だ。

若きルイス&クラークは、独立間もない、3代目大統領トマス・ジェファーソンの命を受けて北アメリカ大陸を横断し、太平洋に到達し、詳細な地図と記録を持ち帰ったアメリカ建国の英雄だ。彼ら二人の若者、ルイスとクラークのドラマチックな探検が現在のアメリカ領土をかたち作ったと言っても良いと思う。

彼らの探検は膨大なルイジアナを購入を促し、ロッキー山脈の西から太平洋沿岸までの広大なスペイン・メキシコ領とされていた地域を合衆国のものとする手がかりを作った。また、広大な中西部に棲む多数のインディアン部族との交流や詳細な動植物の記録は当時として、とても目新しく貴重なものだった。

一方、バッファロー・ビル・コディは、大西部の魅力を『ワイルド・ウエスト・ショー』をもってアメリカ全土だけでなく、旧大陸ヨーロッパにまで広げた立役者だ。もう一人のビル、ワイルド・ビル・ヒコックと混同されがちだが、ワイルド・ビルは西部のガンマン、シェリフ、ギャンブラーだ。
 
バッファロー・ビルの銅像は確実なところで10体、レリーフや記念碑、博物館を入れると数十に及ぶのではないかと思わせるほど、どこへ行っても行き当たる。それはもう、西部はバッファロー・ビルだらけと呼びたいくらいのものだ。当然、書かれた伝記、エピソード集、映画、テレビも膨大な数になる。劇場映画だけでも、ざっと数えて25本ある。ロバート・アルトマンもポール・ニューマンを起用してバッファロー・ビルの伝記的映画を撮っている。

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バッファロー・ビル、19歳の写真
政府軍(北軍)の制服を着ているので、軍の補給部隊にいた時のものだろう

この西部開拓史において、立志伝でトップランキングの男、バッファロー・ビル・コディはニックネームで、本名はウイリアム・フレデリック・コディ。生まれたのは1846年2月26日で、当時アイオワ領と呼ばれていたレ・クレアーだが、彼が8歳になるかならない1853年に当時にカンサス領内だったレーベンワースに越している。おりしも南北戦争が勃発する前で、奴隷開放闘争がカンサス領域で盛り上がっている時だった。ビルの両親は過激な奴隷解放主義者で、当然ビルもその感化受けてのことだろうか、反奴隷の立場を取っている。

彼が11歳の時、彼の父親アイザックが病死し、コディ一家は貧困のどん底に落とされた。ビルは即座に何らかの形で稼ぐ必要に迫られた。記録に残っている最初の仕事は、予備、補欠のメッセンジャー・ボーイで、長大な移民幌馬車隊の先頭集団と後方の中心集団との間を行ったり来たりするものだった。ビル少年はすでに優れた騎手であったが、さらに磨きがかかり、乗馬技術だけでなく馬の扱い、平原の自然条件、インディアンとの交渉などを徐々に身につけていった。

その後、彼は合衆国政府軍、ジョンソン騎兵隊の斥候としてソルト・レイク・シティーに行っている、と言うことは、バッファロー・ビルはすでに斥候を務めるだけの平原とロッキー越えの知識を持っていたのだろう。ソルト・レイク・シティーにモルモン教徒が急激に増え、インディアンとの摩擦が起こっていた。いわゆる“インディアン戦争”の走りだった。その時、12、3歳の少年ビルがスー族を先込め式のマスケット銃で撃ち殺した…という逸話がもっともらしく伝わっている。

数あるバッファロー・ビルの伝承の根源は、彼自身が後年書いた自伝『Buffalo Bill’s Own Story』が種本で、元々自己顕示欲が異常に強く、写真に撮られたがり屋の彼が書いたものだから、どこまでが事実でどこからハッタリ、誇張なのか境界線を引くのは難しい。

このように、自己を前面押し出す性格は、後にワイルド・ウエスト・ショーを立ち上げる時に、そして売り出す時には大いにプラスに作用しているのだが…。

1849年に起こったカリフォルニアのゴールドラッシュ熱に14歳のビル少年も巻き込まれた。そこでポニー・エックスプレスのエージェントに出会い、その騎手になった。だが、それは1860年のことで、それまでビルは西部の黄金熱に浮かされた当時の青少年らと同じように、ありとあらゆる仕事、罠師、カウボーイ、駅馬車の御者、ホテルのマネジャー、平原や山岳地帯のガイド、移民団の斥候に就いたと彼自身書いているのだが、好き者揃いの西部の歴史家でも、彼が言う数々の職業の実績を捉えることはできないでいる。

ネブラスカ大学にある“Buffalo Bill Historical Center”、それに“スミソニアン・インスティチュート”のファイルでも、14歳から軍に入隊する17歳までの経歴はビル自身が書いた自伝だけである。

ポニー・エックスプレスの騎手は通常2年ともたない厳しい仕事だったし、雇う方も怖いもの知らずの若者をいわば使い捨てのように雇っていたから、ポニー・エックスプレスでの会社の記録はないにしろ、ビルが何度か、幾つかの区間で馬を走らせていた可能性はある。

ビルは17歳の時に北軍に応募しているが、若すぎるとして、正規の北軍への入隊は拒否されている。しかし、彼が若年の割に西部の経験を積んでいることをよんだ軍からララミー砦の補給部隊の仕事を与えられている。この辺りから、彼の経歴の記録が残っている。

1865年に除隊した時には“teamster(一隊の長)”になっているから、西部で野育ちの少年は、小さな部隊ではあるにしろそのリーダシップをとる青年に成長していたのだろう。

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バッファロー・ビル
バイソン・ハンターとして活躍していた時代の写真

-…つづく


第26回:西部の起業家 バッファロー・ビル・コディ その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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