第36回:西部劇名作選 ベスト20 No.2
股旅ものの古典映画 『シェーン』
西部劇は善玉、悪役がはっきり分かれていて、様々な葛藤があるにしろ、最後には善玉が勝つことになっている。ストーリーラインが実にはっきりしていて、複雑怪奇な心理的な相剋などまず入り込む余地がない。そして、ラストシーンの撃ち合いで善玉が必ず勝つという決まりきった映画をなぜまばたきするのも忘れスクリーンに魅入っていたのだろうか。そこに大自然を背景にした汗臭い男の気骨があり、闘魂があったからだろうか。
一人の流れ者が開拓部落、農家にやってくる。その流れ者の名は“シェーン”。ちょうどその時、大牧場主が周囲の個人経営の小さな牧場、農家を次々と買い漁っている最中だった。お決まりの資本のある大牧場主と貧しい開拓民との葛藤が始まる。舞台はワイオミング領域で、時は西部史上有名なジョンソン郡の戦争が始まっていた。
『シェーン』がユニークなのは、貧しい牧場主スターレットの息子ジョーイの目を通して流れ者シェーンの動きを追っていることだろう。このジョーイ坊やは流れ者の拳銃使いに憧憬を抱いてしまう。この子役を演じたブランドン・デワイルドが、主役アラン・ラッド演じるシェーンを食ってしまっている。加えて、悪役のジャック・パランスの存在感が強烈な印象を残している。優れた映画は主演だけでなく、チョットした脇役、背景がモノをいうものだが…。

『シェーン』のポスター
ポスターでもジョーイ坊やが一番大きく前面にでている
監督のジョージ・スティーブンスは、主演をモンゴメーリー・クリストフかウイリアム・ホールデンにしたいと望んでいた。パラマウントがこれで行けとばかりアラン・ラッドを半ば押し付けるようにキャストを決めたことのようだ。そして大変な美男子ではあるが、身長168センチというチビのアラン・ラッドのシェーンが誕生し、彼より背の低い女優というので、当時の大女優であったジーン・アーサーの起用となった。一つの作品、名作が生まれる背景には偶然が重なり合い、それらが上手く噛み合うものなのだろう。
アラン・ラッドは大変な運動神経、スポーツ能力の持ち主で、水泳でオリンピックの強化選手に抜擢されるほどだった。西部劇を観て、いつも驚くのはハリウッドのマッチョスターたちがとても上手に馬を乗りこなすことだ。そしてアクションシーンでも素早く、キレの良い、派手な立ち回りを演じることだ。実際にカーク・ダグラスやバート・ランカスター、スティーブ・マックイーンは並外れた運動能力の持ち主であったようだが…。
黒澤明が決して演技派でない三船敏郎を好んで起用したのは、三船に強烈な存在感あり、同時に抜群の運動能力があったからだと言われている。老境に入りつつあった滝沢修が舞台に立つ前の準備運動としていとも簡単にバック転をやっていたのをどこかで観たことがある。
俳優たるもの肉体を鍛え抜く必要があるのだ。
ところが、アラン・ラッドはあらゆるスポーツを人並み以上にこなしたが、西部劇に初めての出演で、おまけにガン、銃火器嫌いで、リボルバーなど手にしたこともなく、シェーンがジョーイ坊やに拳銃の扱い方を教え、標的を撃つシーンではなかなか様にならず、天然色フィルムはとても高価だった当時、116回も撮り直した逸話が残っている。最後、酒場の銃撃シーンでもピストルの銃身がまるで大牧場主、ライカーの方に向いていなかった…そうだ。

ワイオミング側からのティトン連山(この牧舎は『シェーン』とは関係ない)
これに登るには国立公園管理局の許可を得なければならない。
レンジャーの女性は日本で穂高、ヤリ、フジヤマにも登ったと言っていた。
もう一つの主役はワイオミングの山々だ。グランドティトン国立公園の山々を背景にしたケリー(kelly)で撮影された。映画のロケに使われたというだけで、即観光名所になるのはアメリカだけではないだろうが、ここもその他大勢が訪れる観光地になっている。ということは私もミーハーよろしく2度も行った。もっとも、すぐ北にイエローストーン国立公園があるので、その途中で足を止めただけという言い訳はあるのだが…。
今、“シェーンの小屋”として名所になっているものは、近隣の貧農開拓民の仲間、アーニー・ライトのキャビン、農園として建てられたもので、かろうじて国立公園の外なので残った。ジョーイ坊や家族の住む本来の小屋は撮影終了後即座に解体されたとのことだ。
この息を飲むような絶景の山々を背にした谷、ジャクソンホールは、今ではアメリカのリッチ・アンド・フェイマスが続々と別荘を建て、ビバリーヒルズがそっくり越してきたと言われるほどだ。
この山々が背景になければ、映画『シェーン』は成り立たなかったことは確かだ。そして、テーマソング『遥かなる山の呼び声』は日本で大ヒットしたものだ。音楽を担当したのはヴィクター・ヤングで、この主題歌をヒットさせただけ十分映画音楽作曲家の役割を果たしたと言えるが、映画全体に流れる音楽はワンパターンで凡庸だと感じるのは私だけだろうか。
映画『シェーン』は1953年4月23日にニューヨークのラジオシティー・ミュージックホールで初演された。ワイドスクリーンに映し出された絶景に聴衆は魅了された…そうだ。『シェーン』は幕開けから、いやその前から大評判、大成功だった。映画館の入場料だけで20ミリオンドル売り上げた。当時としては記録的な売り上げだった。
自身映画を造り、俳優としても出演しているウディー・アレンは、『シェーン』を監督ジョージ・スティーブンスのアメリカ映画における金字塔だとし、『シェーン』は西部劇という分野だけでなく、映画界全体の遺産だとしている。
そしてラストシーンは、悪者どもを殺したシェーンが傷つきながらも山に去っていくのをジョーイ坊やが、“Shane, come back!”と叫ぶ声が山々に響き渡り幕になる。
-…つづく
第37回:西部劇名作選 ベスト20 No.3
|