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■西部開拓時代の伝承物語~黄金伝説を追いかけて

 

第11回:ダニエル・ブルーの冒険 その4

更新日2024/07/04

 

兄のアレキサンダーの病状は悪くなる一方だった。時折仕留めたウサギ、そしてフォート・レイリーから付き従っていた犬を殺し、食べ、雪解け水を飲んだ後に一時的に体力を取り戻すことはあったにしろ、それも一時しのぎに過ぎなかった。

それが何日目のことか分からないのだが、良く晴れた朝、彼らは遠くに雪を被ったロッキー山脈を見たのだ。これは何十日も漂流した後に島陰を見た海の遭難者に似ている。ダニエル一行は狂喜した。
 
大平原を東から西に向かっていて、いい加減同じ景色に飽きがくる頃、最初に白嶺を目にする喜びは今、高速道路を走っていてさえ大きい。彼らがロッキーを目にしたのはおそらく大平原がウネリ、盛り上がっている現在のライモン近くだと思われる。そこからはまだ100マイル以上あるのだが、そこから見える遠く地平線に浮かんだ雪を被った連山は感動的だ。白く輝く峰は、パイクス・ピークに違いない。そして、その麓のチェリー・クリークに黄金が眠っているのだ。

pikespeak
パイクスピークまではまだ100マイル(160Km)以上あった

彼らは勇躍し、元気づいた。が、風景、景色は腹を満たしてはくれない。一時の感動が過ぎ去ると、一同はまた際限のない餓えに苛まれ始めた。
 
一時的に合流したハンガリー人とインディアナからの男の二人は、すでにダニエル・グループを離れ、先行していた。何日後のことか、彼ら先行組に続くようにイリノイから一緒に来たジョン・キャンベル、トマス・スティーヴェンソン、インディアナのジョン・スコットたちは、ダニエル・グループを後に残し、先行した。デンバーに着いたら必ず救援を差し向けると言いながらダニエル隊を離れたのだ。これは一種正しい判断だったと思う。もう自分で動くことができないアレキサンダーと一緒にいては、自滅するほかないのだ。

残ったのは、ダニエル、兄のアレキサンダー、弟のチャールス、そして途中で合流したオハイオから来た男、ジョージ・ソレイの4人になった。ジョージ・ソレイはブルーの血族どころか、道中で会っただけの全く部外者だったが、それまでの行程でダニエル一向に余程強い愛着を抱いていたのだろう。「俺はこの若者たちと死ぬまで一緒にいるぞ」とまで宣言している。彼の言い方を見ると、ダニエル兄弟はかなり頼り気のない、誰かが守ってやらなければ生きていくことができない存在に見えたのだろうか。実際の歳は分からないが、ソレイはダニエルたちよりかなり年上だったようだ。

ところが、ソレイ自身が倒れてしまったのだ。
ダニエルとチャールスは、アレキサンダーを両方から支えるように運び、引き返して、ソレイを運ぶ、というやり方で前進したのだった。おそらく一日の行程は3マイルにもならなかったことだろう。

一行は8日間、食べ物が全くない状態だった。否、雪解け水で茹でた、草や木の根をただ胃袋を満たす意味で噛んではいたが…。
最初に死んだのはソレイだった。ソレイはためらわずに自分を食ってくれと言い残してはいたが、ダニエルとチャーリーは3日間も躊躇した、が結局生きるためにソレイを切り刻み、焼き、煮て食人したのだった。アレキサンダーにはもう噛む力がなく、肉を飲み込むこともできなかった。

ダニエルとチャーリーは活力を得たが、アレキサンダーは朦朧とした意識の中で、遺言というのか最後の言葉をダニエルの日記、メモに書き付けている。

この短い最後の言葉で、彼が結婚しており、子供がいたことが知れる。
アレキサンダーが震える手で書き終えた数分後、彼は死地へ旅立ったのだ。食料としての肉体を弟二人に残して…。

一人の人体からどれ程食料になる肉が取れるものか、いくら痩せ細っていたにしろ、70Kgくらいの体重があるなら、相当な肉が取れるに違いない。と思うのだが、ダニエルとチャールスは一度満腹すると、残りの肉を薄切りに塩したり、乾燥させ保存し、持ち歩くようなことをしていない。弱りきった肉体は一度だけの飽食で回復し、持続力が着くものではない。すでに肉を消化する内臓の力も失っていたのだろう。

ともあれ、二人は前進を続けた。ところが、今度はチャールスが倒れ、死んだのだ。
ダニエルはただ朦朧とした意識で、眠ったり、目を開けたりで、身体を動かすことすらできない状態で横たわるだけだった。
 
全くの偶然、奇跡的にアラパホ・インディアンが死にかかっているダニエルを見つけ、部落まで運び、インディアンが熟知している蘇生法を施したのだった。もちろんダニエルに意識がなかったのだから、ない物ねだりになるが、アラパホ・インディアンがどのような処置を彼に施し、徐々に、しかし確実にダニエルを健康体に持っていったのか知りたいものだ。

ダニエルに意識が戻った後になってから、アンテロープの温いスープ、次第に柔らかい肉を与えられたと記している。また身体を綺麗に拭かれ、擦るようにマッサージされたともある。ダニエルは丹念なアラパホ族の看病で健康体になったのだった。こうして彼の悲劇行は終焉を遂げたのだった。
 
彼がアラパホ部落を離れデンバーに着いたのは5月11日だから、イリノイの村を出てから3ヵ月近く経っている。彼らといきつ分かれつ西に向かったギッブス隊の面々、ハンガリー人とインディアナから来た男たちともダニエルは再会している。ということは、ダニエル隊を離れた者は当然厳しい旅を体験したにせよ、目的地に無事辿り着いているのだ。

ダニエルの証言に基づき、アレキサンダー、ソレイそしてチャールスの遺体はパイクスピーク・オヴァーランド・エックスプレス社がその地点に出向き、葬った。

ダニエルは黄金の夢を諦め、あるいは夢から覚め、故郷に帰った。そして翌年、1860年に赤裸々でショッキングなパンフレットのような食人記を出版したのだった。

食人は奇談、センセーショナルな事件だ。飢えたことのない人間が上から見下ろすように食人を分析、解説しても意味がない。私自身にもそんな飢餓に陥ったことがないし、極限状態に直面したこともない。それでいて、食人は人間の存在、生命に関わる根源的な問題なのだろうと想像している。ましてや、キリスト教が骨身に染み込んでいる人間が抱く食人に対する考え方は思い余るものがある。
 
ダニエルは兄のアレキサンダー、弟のチャールス、そしてソレイを食うことで生き延びた。彼がイリノイの田舎に帰り、その後どのような人生を歩んだのか分からない。生涯、食人の悪夢から逃れることができなかったのではないだろうか。

criplecreek
ダニエルが目指していたと思われる
ゴールド・ラッシュに沸く1893年のクリップル・クリーク
<デンバー自然科学博物館より>

-…つづく
 


第12回:ホールデン・ディックの盗まれた黄金

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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