第13回:北米最高額の『オーク島の財宝』
総額で言えば、船で輸送していた『リマの財宝』が群を抜いて大きい。現代のお金に換算すると、およそ300億円相当にもなろうか、この海賊が埋めたという財宝の話を聞き、スティーブンソン(Robert Louis Stevenson)自身が宝探しに熱中したが、もちろん発見できずスッテンテンになってイギリスに帰り、財宝談を脚色し小説『宝島』を書いた。
私たちがカリブの島巡りをしている時、事実かどうかは分からないが、スティーブンソンがこの島に来た、ここが宝島のモデルになったところだ…と言われている島や湾が多いのに驚いたことがある。まるで10人くらいのスティーブンソンがカリブを駆け巡っていたかのようなのだ。
当時、かなり広がっていた海賊が隠したと言われていたこの『リマの財宝』談、ウワサは尾鰭が付き、島々も海域も広大になってきていた。オリジナルの財宝は、現在コスタリカの沖にあるココス島に隠されている…とされていた。島全体が宝探しの狂人集団によって探索され、掘り返されたが、海賊が居住していた痕跡こそたくさん見つかったが、財宝はどこにもなかった。きっと他の島に隠したに違いないと、伝説の範囲が広がっていった。私たちがカリブ海、ベネズエラの北岸をセーリングしていた時、カリブの島々はもとより、ベネズエラの北の湾、ゴルフォ・デ・パリアまでもっともらしい財宝伝説が存在していたのを知った。

1883年末、カッセル社から出版された『宝島』に添付された地図
だが、カリブの海賊財宝談はこのコラム、西部の伝説から地理的に離れすぎているし、それに海賊の財宝、スペインの黄金船の話はとりとめがなくなり、ハリウッドの映画の題材的になってしまうので、ここでは地域は北米、時はパオニア時代に絞って話を進めることにする。とは言っても、根本的には“本当にあったかもしれないが、幻想が産んだ伝説かもしれない”可能性は常にあるのだが…。
北米で最高額の隠された財宝は『オーク島の財宝』だろう。現在の金額にして100ミリヨンドル(150~160億円相当)の財宝が埋められているというのだ。奇妙なのは、誰がどうしてオーク島に隠したかさえ知られておらず、ただ17世紀から18世紀にかけてどこかの誰かが埋めたというだけのことなのだが、謎めいた遺物が次々と発見され、財宝談は伝説から、事実への確信に発展していったのだ。
だがその遺物たるや、石に刻まれた意味不明の暗号や、人間の骨にまで刻印された文字とも記号ともつかないシルシなのだが、宝探し組にとってはそれが大いに意味深な表記で、それこそ幾百、幾千の解釈が成り立つのだった。
この『オーク島の財宝』談は、言い伝えによると1700年代の終わり頃、ダニエル・マックジニスという青年が全くの偶然から財宝が埋められている地点を見つけたことに始まる。財宝の巨大さにド肝を抜かれた彼は一度引き返し、郎党一族を引き連れて、現場に戻ろうとしたのだが、何としてもその場所に舞い戻ることができなかった…と言うのだ。
このあたりは嘘くさいというか、いかにも伝説じみたハナシだ。ところが、この伝説を信じる人、一攫千金を夢みる人たちが引きも切らず島を訪れ、財宝探しに浮き身を費やすようになったのだ。これは現在まで続き、テレビ局が調査団を送り込み、ドキュメンタリーを制作し、著名人がそのオハナシを探りに行き、一見調査報告書のような著作をモノにしたり、しまいには大統領になる前のフランクリン・ルーズベルトまで、島にやってきて宝探しをしているのだ。
1909年の宝探しのメンバー
左から3番目、パイプをくわえているのが後に大統領になったフランクリン・ルーズベルト
このブームは島の経済を潤した。宝探しツアーが組まれ、地元のホテル、レストランもこの隠された財宝談を否定するどころか、大いに歓迎し、地元でティーシャツ、野球帽、黄金伝説グッズが売られた。細々とした漁業以外大した産業のないこの島は、この財宝の神話を最大限利用したのだ。

こんな深い穴、というより本格的なボーリングまで行う財宝探索組が現れた
しかし常識で考えても、削岩技術も道具もない海賊、
盗賊がこんな深い穴を掘ることができるワケがないのだが…
※オークアイランドマネーピットとは? |沿革 |HISTORYチャンネル
スコットランドのネス湖の怪獣をネッシーと名付け、大いに売り出したのと似ている。元々、あんな狭い地峡の湖に巨大な怪獣が生存できるはずはない、と識者はゴモットモな見解を述べていたのだが、若者がイタズラで合成した写真を楯に、「いや、いるかもしれない」と地元インヴァネス観光局は否定も、肯定もせず、好き者を呼び集めたのに似ている。
オーク島の財宝談で一番儲けたのは、地元の人たちだ。
ちなみに財宝は未だに見つかっていない。
-…つづく
第14回:風力大八車で黄金郷を目指した男
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