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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第643回:スイッチバックとおろちループ - 路線 出雲横田~三井野原 -

更新日2017/08/17


牛飯弁当と出雲そば。炭水化物を大量摂取したせいか、すこしばかり眠くなっている。しかし眠ってはいけない。木次線のいちばんおもしろいところ。スイッチバックがやってくる。八川駅を過ぎると里山の風景も終わり、いよいよ谷間が狭くなる。

線路は川の蛇行と合わせて右に左にカーブして、すこしずつ高度を上げていく。いかにも戦前に開通した、昔ながらの古い線形だ。高度成長期以降なら、味気ない高架線で勾配を上り、トンネルに入ってしまうだろう。近代的な線路が廃線になると痛々しい。しかし古い線路は寂れても風景に溶け込んでくれる。木次線の線路は自然に寄り添っているな、と思う。日本の国土にしみこんだ、ローカル線の原風景だ。失いたくない。

01
出雲坂根駅に到着

ふとN氏を伺うと、目を閉じて下を向いている。チャンスだ。こっそり席を立ち、運転席の横に立つ。カーブの先に3灯式信号機が光っている。駅構内が近づいている。続いて「出雲坂根」という黄色い看板。運転士に停車駅を認識させる標識だ。そして左手に勾配線路が降りてくる。スイッチバック式の本線だ。

下り勾配とこちらの上り勾配の高さが揃ったあたりで、前方に両渡りポイントが現れる。その向こうに対向式プラットホーム。私のディーゼルカーは、行き止まり式の出雲坂根駅に到着。駅本屋がある側のプラットホームに接岸した。

02
停車時間が長い

停車時間は10分ほど。のんびりしたものだ。じつは春から秋まで、この列車はこの駅で上りの奥出雲おろち号とすれ違う。臨時列車を見込んで、その時に変更しないで済むよう、あらかじめダイヤを設定してある。うまい方法だ。しかし今日は奥出雲おろち号はこない。駅前を散歩しよう。

駅舎の横に水場がある。延命の水として有名だそうで、触れ書きによると「冬は温かく夏は冷たい湧水で、寿命百年の古狸が呑んでいるという言い伝えから、長寿の霊水として親しまれた」とある。真偽を問えば野暮だけれど、美味い水なのだろう。呑んでみようと思ったけれど、地元の老夫婦が独占している。大きなペットボトルを20本以上、段ボールも持参。商売に使っているのだろうか。場所を空けてくれない。

03
無人駅ながら新しい駅舎、2010年竣工

「列車が出てしまうから、ちょっと汲ませてもらえませんか」
と願い出ると、振り向きもせず、
「下にあるからそっちでやってくれ」
と言われた。なんだか感じが悪い。

そっちがあっちかわからないけれど、見渡せば国道の向こうに延命水の看板がある。行ってみればそこにはベンチしかなくて、水の在り処は階段の下。生活排水に使うようなビニール管が3本突き出しており、そこからチョロチョロとコドモの小便のような勢いで水が出ている。排水溝のあたりは苔で緑色。駅の水汲み場に比べると有り難みがない。

お茶のペットボトルを飲み干し、ゆすいで延命水を注ぐ。階段を上がれば、地元業者の占有が続いていた。あちらも商売だろうけれど、ならば階段下の三つの管を同時に使ったほうが早いだろう。一日上下6本しか訪れない観光客への配慮はないらしい。彼らのような人々の意識を変えていかないと、木次線の活性化は難しそうだ。

04
スイッチバック開始

発車の時刻になった。アイドリングしていたエンジン音が大きくなって、いよいよスイッチバックの登板だ。ポイントをわたり隣の線路へ。さっき通ってきた線路が下へ遠ざかる。勾配を登っていくと、こんどは右手に線路が降りてきた。合流地点に小屋がある。ポイントを雪から守る屋根。暗やみの向こうに線路が続く。

05
折り返し地点、分岐器を覆う小屋がある

そのまま走って行くと思ったらディーゼルカーが停まった。たぶんこの先で線路が終わり、車止め標識もある。しかしこの列車は1両だから、そこまで行かなくてもいい。停止位置の先の線路はレール面が錆びている。使われていない証拠だ。奥出雲おろち号は3両編成だから、4月になれば錆びた面が車輪に磨かれて銀色になるはずだ。

運転士が車内を歩いて反対側へ。直ちに発車。分岐器があるけど単線区間だ。すみやかに脱出しなくてはいけない。進行方向右側の線路が下へ。こちらの線路は上り続ける。右側を見下ろせば、杉の木立の間から出雲坂根駅の赤い駅舎が小さく見えた。行ったり来たりでこんなに高い位置に来てしまった。

06
折り返し2回目、左の線路を行く

ディーゼルカーは尾根に近いところまで上ってきた。空が広い。下界で桜の開花を見たと思ったら、このあたりでは線路脇に雪だまりがある。山の中。コンクリートの道路橋が目の高さに表れ、離れていく。これが奥出雲おろちループという道路橋だ。コンクリート橋のカーブがとぐろを巻くように周回している。中国山地の尾根近く、鉄道はスイッチバック、道路はループ。お互い苦労したものだ。

07
出雲坂根駅が下に見える

おろちループの高いところに赤い橋が架かり、線路に真っ直ぐ近づいてくる。線路と道路が並び、しばらく進むと三井野原駅だ。約束通り、ここで降りた。奥出雲町の方が出迎えてくださった。駅舎は3年半前に改装したばかり。周辺の舗装も最近に改修したとのこと。

08
奥出雲おろちループ

駅の愛称は高天原(たかまがはら)で、付近はまさしく高原のようだ。涼しい気候と斜面の日当たりを活用して、生花の栽培が盛んだという。すこし先には町営のスキー場もある。12月半ばから2月末頃まで遊べるそうだ。駅に近くて便利なスキー場だけど、この期間のほとんどは木次線の出雲横田~備後落合は大雪で運休する。もったいない話だ。

09
三井野原駅に到着

ここからは奥出雲町の方が案内してくださるそうで、N氏とはお別れ。寂しいけれど、行政区分だから当然のことか。未乗路線の途中下車は名残惜しい。しかし待っていた車は日産の電気自動車で、これはこれで興味深い。大喜びで乗り込んだ。

列車から眺めた奥出雲おろちループを降りていく。東京のレインボーブリッジもループ道で、都会らしい景色が楽しい。そして奥出雲おろちループも、高原から降りていく景色が雄大かつ清々しい。列車で上がって、おろちループをレンタサイクルやゴーカート、馬車で降りたら楽しそう。レジャーのひとつとして観光客を呼べるかもしれない。

10
電気自動車でおろちループを下っていく

出雲坂根駅を通り過ぎ、八川駅にさしかかる。このあたりの蕎麦もおいしいそうだ。さすがに地元の人はよく知っていて、掘れば掘るほど観光の材料が見つかる。どうして私は知らないのだろう。書き伝える人がいないからだ。そうか。それは私の役目か。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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