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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第634回:津軽海峡の夜明け - 寝台特急カシオペア 2015 2 -

更新日2017/06/15

食堂車から部屋に戻る。あらためて平屋の広さに感動する。天井が高いと、志まで高くなったような気がした。私たちは向かい合わせに座り、しばらく互いの近況などを語り合った。私はこの部屋の素晴らしさを改めてM氏に話す。ちょっとクドいかもしれない。

もっとも部屋数の多い、スタンダードともいうべきカシオペアツインの1階と2階はベッドがL字型に配置される。これは足と頭の位置に悩む。互いの頭を近づけるか足を近づけるかで、二人の関係の距離感が可視化される。スイートはツインベッドが二つ並ぶ。ホテルのツインルームと同じだし、どちらかが目覚めれば2階のリビングに行けばいい。


ベッドメイク完了! 寝るぞ!

カシオペアツインの車端部平屋タイプは2段ベッドだ。まだ20時だけど、私はもう眠くなってきた。昨日は半徹夜状態だったし、今日はイベントではしゃいで疲れた。
「もう寝ていいですか、上のベッドで」
宣言すると、M氏もベッドを作り出す。座席として使っていたベッドの背もたれクッションを避けて白い敷布を敷く。枕を置いて毛布を載せれば、ソファがベッドになる。
「すぎ、上でいいの?」
M氏が気遣ってくれる。上段ベッドには窓がなく、景色を望めない。
「はぁい、すぐ寝ちゃいますので……」
たぶんM氏はすぐには眠らないだろうと思う。上野を発車するときは床に三脚をセットして車窓を撮っていた。青函トンネル突入など、見たい景色があるかもしれない。彼が下段の方が動きやすいはずだ。私の望みはただひとつ。眠りたい。ベッド付きの列車では眠らなくては意味がない。たぶん最後のカシオペアだ。今回は存分に眠るのだ。

……ここは、どこだ。壁。横向きに寝ていた。仰向けになると天井が近い。さらに90度、身体をくねらせる。あ、二段ベッドの上段だ。そうだ。カシオペアに乗っていたんだった。しかし静かだ。停車中。駅?

揺れた車内で眠り始めると静止した状態が異変になり、目覚める。通勤電車でも寝台特急でも同じだ。スマホを起動する。4時を過ぎていた。そっとハシゴを下りて景色を見る。青森駅だった。寝台特急カシオペアは青森駅で青函トンネル用の機関車に付け替える。旅客扱いのない停車。定時運行であれば、01時50分に到着し、04時15分に発車予定。

約2時間半も停車している。機関車の交換に2時間半もかからない。これは到着時間を最適にするための調整も含んでいるらしい。すぐに発車すると、函館あたりで通勤時間帯に割り込む。青函トンネルの主役は貨物列車だから、道を譲っているとも考えられる。

それはともかく、青函トンネルを通過する前に目覚めてよかった。それもそのはず、20時に眠って4時に起きて、8時間もたっぷり眠っていたわけだ。下段のM氏は眠っている。いいのかな。青森駅では降りられないから、機関車の交換は撮れない。先頭の展望ラウンジから切り離す場面は見られたはずだけど。

車窓を眺めつつ、お茶を飲み、菓子をつまむ。ごそごそと音を立てたせいで、M氏が起きてきた。挨拶ののち、M氏が言う。
「君はよく寝返りを打つんだね」
寝返りの記憶はかすかにある。
「お腹が重いので、ときどき向きを変えないと腰が痛くなるんです」
M氏の眠りは浅かったか。起こしてしまったか。ああ、もしかして、青森到着時に機関車の切り離しを見て、戻ってまた眠っていたか。

列車が動き出す。せっかくこのタイミングで起きられたから、展望ラウンジに行こう。進行方向が逆転して、この区間だけは展望車が後ろになる。青函トンネルの様子がよく見えるはずだ。身支度をして、カメラを抱えて通路を伝っていく。トンネル突入の1時間前だけど、すでにラウンジは賑わっていた。


展望ラウンジへ、急行はまなすとすれ違う


吉岡定点を通過


貨物列車と何度もすれ違う

運行終了が正式に告知されて、カシオペアの乗客は鉄道ファンの比率が高まったようだ。私たちのあとからも乗客が訪れる。北海道新幹線の運行が始まると、在来線の旅客列車ではこの区間に乗れなくなる。展望車の眺めもこれが最後。JR東日本が計画しているクルーズトレインは北海道運行を目指しているというけれど、手を出しにくい価格である。そう思うと、眠らずにこの景色を見届けられて良かった。


江差線区間に入った

トンネルを通過し北海道に上陸すると、半分ほどの乗客が去った。私は朝食までラウンジで過ごそうと思う。ラウンジの客は減り続け、1/3ほどになった。木古内駅を過ぎて、夜明けの津軽海峡の景色。空が白みかけている。雲は多いけれど、今日は晴れ。最後の乗車が好天で嬉しい。


夜が明けていく


本州を目指す貨物列車

函館山が見えると鹿児島湾だ。漁船が2隻、投光器を使っている。あれが現代の漁り火だ。北海道新幹線開業後、いま走っている線路は第三セクターの経営となる。会社名は“道南いさりび鉄道”に決まった。社名の由来となった漁り火である。これも昼間は見られない景色だ。


函館山が見えたら函館湾

時刻は午前6時になる頃。道南いさりび鉄道になっても、始発列車でこの景色を見られるだろう。しかし、旅人にとっては木古内で泊まらないと見られない。これはやはり“カシオペアの景色”である。


漁り火を灯す船

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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