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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第602回:生活路線の終点へ - 伊予鉄道横河原線 -

更新日2016/10/06


松山市駅。郡中線の行き止まりホームの先に改札がある。いったん改札を出て、小さな窓口でフリーきっぷを買った。駅全体がターミナルビルの中にあり、その規模にくらべると小さな改札と窓口だ。ここは表玄関ではなく、勝手口のような場所らしい。あとでじっくり見聞しよう。


小さな改札と出札。ドーム型の天井が洒落ている

松山市駅は四国で初めて作られた駅だ。四国で最初の鉄道は官営鉄道ではなく伊予鉄道である。松山港と町の中心部を結ぶ目的で作られた。開業は1988(明治21)年である。翌年に讃岐鉄道が開業し、こちらは官営鉄道に買収された。伊予鉄道は独立を貫き、日本に現存する鉄道会社の中では2番目に古い。ちなみにもっとも古い鉄道は南海電鉄だ。南海電鉄は和歌山と徳島を結ぶ船便に接続したから四国に縁が深い。きっと四国は豊かな島だったのだろう。土佐藩士を輩出するだけのことはある。

伊予鉄道の鉄道路線は伊予市を拠点として、南西方面に郡中線、南東方面に横河原線、北西方面に高浜線がある。次に乗る路線は横河原線だ。沿線に観光施設はなさそうで、地域の人々のための生活路線である。こういう路線があることが、松山市が経済的に発展し安定しているという証である。これは良いことだ。街の景色と活気を体験したい。


横河原線も3000系

07時34分発の横河原行きに乗った。またもや3000系である。都心から郊外へ向かう電車だけど、立ち客が多い。電車という機械に里心はないだろうけれど、車内は京王井の頭線時代と変わらない情景である。オマエ、いいところに貰われたじゃないか、と励ましたくなる。


トラス橋にホームが付いた石手川公園駅

次の石手川公園駅は橋の上にある。単線でホーム1本。そのホームの一部がトラスの鉄骨組に食い込んでいる。おもしろい。こんなホームは初めて見た。しかしそこで乗降するには勇気が要る。「白線の内側にお下がりください」の「白線の内側」に鉄骨が生えている。鉄骨の枠組みの中から景色を見る。川の両岸と中州に草木があり、秋の色味が増していた。護岸の上を散歩する人がいる。この川の名前はなんだろうと思ったけれど、駅名にあるじゃないか。石手川だ。


トラスの隙間から河原を見る

次の駅はいよ立花。4分ほど停まるという。列車のすれ違いができる駅で、相手の列車待ちである。車内は高校生が多い。女学生の会話が飛び交う。松山と言えば夏目漱石の『坊ちゃん』だ。どんな話だったっけ。たしか旧制中学の先生だった。生徒さんはこんな年頃だろうか。手元の教科書は「ビジネスの実務」と書いてあるようだ。商業高校に火曜らしい。しかし会話の内容は、どんな犬を飼おうか、だった。犬を飼う身としては会話に参加したい。しかし我慢だ。変態事案になりかねない。

福音寺駅、北久米駅を過ぎ、久米駅。ここでも列車交換。5000系4両が停まっていた。列車交換の頻度が高い。単線だけど活況である。雨が激しく窓を叩く。停車中も雨音が騒がしい。しかし車内はもっと賑やかだ。制服の乙女たちのおかげで華やかでもある。そこから二つ先の平井駅、さらに二つ先の牛渕団地前駅でも交換した。車窓はずっと戸建て住宅の並びであった。しかし、ここから先は水田が増えている。


見奈良駅で乗客の半分ほどが降りた

牛渕駅着。4分遅れでご迷惑をおかけしています、と車内放送がある。単線だし、どこかで段取りを間違えればそのくらいは遅れるだろう。車内放送の謝罪の相手は高校生だろうか。朝の4分は貴重だ。その高校生たちの半分ほどが見奈良駅で降りた。代わって母親と幼女が一組。電車で幼稚園へ行くのだろうか。

次の愛大医学部南口駅でほとんどのお客さんが降りてしまった。車内は空っぽだ。スマートホンで地図を見る。公共施設が多い。大学、高校、特別支援学校、大学付属病院に、松山刑務所もある。刑務所の隣がショッピングモールだ。塀の中と外の格差が大きい。地図と車窓を見比べる間に横河原駅に着いた。終点である。4分遅れのままだった。


横河原駅着

横河原駅はホーム1本。しかし駅舎はしっかりした木造だ。屋根が高く、黒い瓦がどっしりと敷き詰められている。駅前広場も広い。大型バスがスムーズに発着できそうだし、駐車場も10台以上ある。この駐車場は月極だった。パークアンドライド用だろうか。この広場を囲む建物は、食堂が一つ。花屋、美容室、時計屋、和菓子屋……。


木造駅舎と駅前広場

賑わいがありそうで、なさそうで。いや、雨のせいで街が沈んでいるように見えるだけか。ああ、そうだ。コンビニが見当たらない。私鉄の終点駅なら必ずありそうなものだけど。あれば画一的でつまらない駅前といい、なければ寂しいと思う。勝手な言いぐさではある。

広場の一角に観光案内図がある。線路は牛渕団地から横河原まで描かれている。そして横河原周辺は、小学校、幼稚園、保育所、郵便局、消防署、病院……。観光していいのか。少し離れてイブキヤクシンという文字。巨木があるらしい。その隣は霊園。雨だし、遠くまで歩きたくない。川のそばに、ひのくち公園という文字がある。そこにしようか。なにしろここは横河原駅。河原に行ってみたい。


単線駅舎にしては立派な建物だ

駅前広場に接する細い道を歩く。意外にもこれは讃岐街道である。愛媛と香川を結ぶ道だ。この先の辻で右へ折れ、県道334号線が旧道にあたり、途中から国道11号になる。その辻の目印か、小さな神社があった。社と同じくらいの石碑に若宮社とある。北吉井護国神社、水天宮とのこと。そうか。通りすがりも縁のうち。お参りしよう。


小さな神社を見つけた

私のためではなく、私に縁のある人々の幸福と平穏を祈る。これが私の参詣の信条だ。誰もが自分のために祈るから、神様は呆れて面倒を見切れなくなる。誰もが人のために祈ればいい。そうすれば神様が見捨てたって、多くの人々が自分の幸せを願ってくれる。そう思った方が気持ちがいい。友の病気を治せ。治せなくても、苦しみから解放してやってくれ。

……というのは建前だ。自分のために祈って、願いが適わなければ悔しいけれど、人のために願って適わなくても、私に悔いはないから気楽である。どうだ神様。こんな人間に祈られて悔しいだろう。悔しかったら願いを叶えてみよ。などとつぶやき、お参りしたら気分が晴れた。もう公園も河原もどうでもよくなった。駅に戻る。


帰りは5000系

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
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『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

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