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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第641回:願い橋 - 木次線 木次駅 -

更新日2017/08/03


出迎えはN氏とI氏のお二人。東京でお目に掛かって以来である。
「お約束のお時間までどうなさるおつもりでしたか」とN氏。
「靴を買い換えて、それから街をぶらぶらと散歩しようかと」
「では、ご一緒しましょう」
なんだか恐縮である。

N氏とI氏はクルマで来ており、鞄を預かってくださった。身軽になって、まずは木次駅前のショッピングセンターに入る。ここにはホールがあって、いくつかの市民劇団が活動している。ハタチ族という劇団が、365日公演、観客がゼロになったら終わり、というチャレンジで、365日を達成したばかりだとのこと。


駅前散歩、開始

木次線を盛り上げるために、鉄道演劇という手法もある。東京で動く列車を舞台として演劇を手がけたシアターキューブリックという劇団があって、私は今回の講演のために演出家に話を聞いてきた。費用や準備期間などが大きく、今年の秋の木次線百年行事には間に合わない。しかし、将来、うまく話がつながればいいと思う。

靴屋で新しいスニーカーを買った。いままで履いてきた古い靴を処分してほしいと言うと断られた。そういう対応はしていないそうだ。いままで、どこでも靴を買えば古い靴は処分してもらえた。岩手県宮古でもそうだったので、古い靴の処分は当たり前だと思っていた。ゴミは持ち帰る。これがクルマ社会というものかもしれない。


造り酒屋など眺めつつ街を通り抜ける

しかし私は処分してもらう前提で、ボロボロの靴を履いてきた。困ったな、と思ったら、N氏が「役所で捨てましょう」と言ってくれた。なんだか申し訳ない気がする。

旅先で靴を買う習慣は、宮古から始めた。私の旅はお金を使わない。きっぷはあらかじめ用意するし、食事も宿も安く済ませる。それでは地域の経済に貢献できないな、と思って、せめて下着や靴を買おうと思っている。古い靴をぶら下げて歩いていると、ショッピングセンターにゴミ箱がない。靴の買い換えは考え物だな、と思った。


桜祭りの準備が始まっていた

駅前に停めた役所のクルマに古い靴を納めて、私たちは歩き出す。ひとり旅なら、アテもない散歩をする。スマホのタイマーをセットして、アラームが鳴ったら引き返す、というルールだ。今回はN氏の案内で、静態保存している蒸気機関車を見物に行った。街並みを歩き、斐伊川の支流に沿って歩く。この堤防は桜並木で、春の桜祭りは賑わうという。


薄墨桜、二分咲きかな

蒸気機関車はC56型108号機。製造から引退までのほとんどの期間を木次線で走ったという。10年ほど前にアスベストを使用していると判明し解体騒動が起きたけれど、長い間清掃活動を続けてきた地元の人々の熱意と全国のファンからの支援が実り、雲南市が補修費を負担して保存の延長が決まった。走行はできないけれど、スモークを出したり汽笛を鳴らしたり仕掛けがあるという。木次線を盛り上げるなら、こうした活動をしているグループを援軍としたい。


川の向こうにC56がいた

帰り道は支流沿いから続く斐伊川の堤防を回った。明治百年記念の石碑がある。さらに歩くと沈下橋が見えた。幅広い斐伊川を渡るから長い。雲南市を舞台とした映画『うん、何』で、「目を閉じて渡りきると願いが叶う」と紹介されており、主人公の少年が挑戦する。


ピカピカに磨き上げられていた。奥の建物のレーザーライフルも気になる

雲南市を訪問するにあたり、予習するつもりで『うん、何』を観た。この映画は出雲市出身の錦織良成監督による“出雲三部作”の2作目だ。ちなみに3作目が中井貴一主演で一畑電鉄を舞台にした『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語☆』である。だから『うん、何』も気になっていて、今回の旅が観るきっかけになった。1作目の『白い船』も観た。錦織監督作品は、ここぞという風景を盛り込んで旅情をかき立てる。


願い橋

橋を眺めているうちに渡りたくなった。ここから駅までの土地勘がない。N氏は時計を見て大丈夫だと応えた。急ぎ足で対岸へ。
「この橋、目を閉じて渡ると願いが叶うんですよね」
「いやぁ、あれは映画の話で」と笑われてしまった。試してみたいけれど、いまは水が冷たいかもしれない。夏に訪れて挑戦するか。


目を開けて渡ってみた

それでも地元で潜水橋と呼ばれるこの橋は、映画以来、願い橋と呼ばれているという。観光の要素になる話である。目を閉じて渡るイベントをやればいいと思うけれど、落ちたら誰が責任を取るとか、野暮なことを言う人もいそうだ。


小さな穴が空いていた謎の物体

木次駅へ急ぐ。地元の人が整えた花壇、灯籠、道祖神。石柱の真ん中を細い穴が貫いている。穴を覗くと対岸が見える。これは何に使うのだろう。対岸にも同じものがあるなら、この穴にひもを通して対岸をつなぎ、鯉のぼりでも吊すとか。N氏に聞いてもわからないという。


神棚……? 奥は木次大橋

桜祭りのゲートを潜り、木次駅には11時過ぎに戻った。いろいろ見て回ったつもりでも1時間程度の散歩だった。ショッピングモールに入り、1階の食堂で休憩する。今日の日程の打ち合わせ、雲南市の取り組みなどのお話を伺う。旅から取材へと心構えが変わっている。

それにしても、当てもなく歩くより、案内をしていただけると気づくことが多い。ひとつの駅前を、こんなにじっくり見て回るという経験はあまりない。私がいままで歩いた街にも、きっと見過ごしていた魅力があったはず。これからはもっと丁寧に街を歩くべきだと反省した。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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■著書
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