第639回:神話の里へ - 木次線 宍道~加茂中 -
5時起床。5時半のアラームに勝利した。テレビニュースによると、東京の桜が平年より5日早く開花。お花見を楽しむ外国人観光客が増えているという。政府主導で外国人観光客を増やそうという取り組みが始まっており、効果が現れているようだ。身支度を調えつつ、頭に情報を入れておく。今日は観光列車について語りに行く。最新の情報は話し出すきっかけになる。落語のまくらのように使えるかもしれない。
米子発07時15分の各駅停車に乗るつもりだったけれど、少し早く駅に着いた。スマホの乗り換え案内アプリを検索すると予定通り07時15分発に乗れと出てくる。しかし、発車案内表示には06時47分の益田行き快速アクアライナーがある。木次線の起点の宍道にも停まるようだ。ならば乗ってしまおうと、小走りに乗降口にたどり着き、乗ってから気づいた。朝飯を用意していない。食べ物がないと気づくと腹が減る。途中の松江でいったん降りて買い物をして、後続の予定していた列車に乗ろう。
米子駅発車後、構内の転車台が見えた
奥出雲おろち号の車両が見えた
列車が動き出すと私の頭脳も働き出す。乗り換え案内アプリでなぜ表示されなかったか考えてみる。06時47分に乗っても07時15分発に乗っても、宍道で乗り換える木次線の列車は09時10分発だ。移動時間を最少にしようと考えれば、宍道駅の待ち時間が短い方を案内するという仕組みらしい。確かに合理的だけど、待ち時間が長ければ駅前を散歩しようという旅には向いていない。
松江駅で降りた。売店は改札外とのこと。米子から木次までの片道切符では途中下車ができない。経路放棄するほどでもないか、と出場を思いとどまって、プラットホームに引き返した。次の列車は30分後だ。しかし20分ほどで列車が着いた。高校生の一団が降りた。キハ120形というクリーム色の気動車の3両編成で、折り返して08時00分発の宍道行きになるという。時刻表を逆にたどると、木次線の出雲横田から直通してきた気動車だ。しかし帰りは宍道止まりである。これに乗っても宍道発09時10分の木次線に間に合う。
木次線直通からの折り返し列車
当初乗る予定だったタラコ色は満席、見送った
さらに10分ほど待つと、国鉄時代から走るキハ47形が到着する。4両編成で、もともと私が予定した列車である。タラコ色の気動車は乗り納めかもしれないと思ったけれど、米子発西出雲行きは混んでいた。私は予定より1本遅らせて、08時00分発にした。木次線からの通勤通学用に仕立てた列車で、帰り道の回送を兼ねた列車のようだ。車内は女子高生がひとり。空いているおかげで景色が見える。女子高生は隣の駅で降りて、まるで私の貸し切りだ。列車は宍道湖沿岸にさしかかった。本日も快晴、対岸までよく見える。
宍道行きキハ120形はガラガラ
宍道湖を眺め
08時23分に宍道着。この列車がそのまま木次線に入ると思ったら違った。キハ120の3両編成は私を降ろしたあと、逆向きに走って引き上げ線に収まった。後続の出雲市行き各駅停車がやってきた。黄色い電車で、運転室が平ら。昔の総武線の103系電車のようだ。車体番号はクモハ114とあった。115系電車の中間車を改造して運転台を付けた電車だ。
カンカンカンと踏切警報音が聞こえた。やがて木次線用の3番ホームに列車が到着した。キハ120形の単行で、タラコ色だ。この列車が折り返しの木次線となる。08時39分着。高校生がたくさん降りてくる。集団が跨線橋の階段を上りきった頃、駅舎側のホームに岡山行きの特急やくも10号が停車。木次線との乗り継ぎを考慮したダイヤになっている。
木次線のキハ120形200番台はタラコ色
タラコ色のキハ120形は座席の半分がクロスシートだ。初乗車の路線で旅の気分が盛り上がる。スマートホンで地図を表示し、航空写真モードにした。木次までは進行方向右側の景色が良さそうだ。かなり空腹になっているけれど、この駅でも食料は調達できなかった。プラットホームの自販機でコーヒーとジュースを買う。水分は取らねばならぬ。
ロングシートとクロスシートが半々
ぼんやりと、未乗路線の景色を眺めよう、と思いつつ、ちょっとがんばってみようか、という気分になった。今日の夕方から、木次線の沿線のお役所で、木次線の将来の話をする。取材したくなってきた。通路の向こう側のボックスシートに若い女性の二人連れが乗っている。山陰の駅を紹介する本を傍らに置き、絵地図を眺めていた。二人連れの方が声をかけやすい。
松江から木次線に乗りに来たという。日帰りで、出雲横田で引き返すそうだ。その先に木次線名物のスイッチバックがある。絵地図にも書いてあるけれど、出雲横田まで。途中下車して街を歩きたいらしい。なるほど、出雲坂根に行ってしまうと、その往復だけで日帰り旅が終わってしまう。絵地図は宍道駅に置いてあったそうで、2枚あるから、と、1枚をいただいた。こういうチラシを作っているのだな、と感心する。
ホームでタラコ色の気動車を撮影していた女性も若い。鉄道ファンだと思われるけれど、一人だから声かけは遠慮する。賑やかに会話している女性の二人連れ、関西の言葉遣い。ほかに、鉄道ファンらしき男性が3人。少年のグループが3人。平日だけど、女性の観光客が3組。これは良い傾向だ。彼女たちを引きつける魅力がある。それが何かはわからない。探りながら車窓を眺めるとしよう。
木次を発車して、キハ120形は勾配を上っていく。キハ120形はJR西日本が製造した気動車で、国鉄時代から残るキハ47形より小ぶりな車体に、出力の大きいエンジンを積んでいる。速度が少し下がり、エンジン音が大きくなる。クルマで例えれば、ギアを一段下げたという感じだ。
里山の風景を眺めつつ
車窓右手に里山の風景を見下ろしている。水面は見えないけれど、おそらく小さな河があって、その両岸に田畑が作られ、民家が散在する。その向こうは低い山だ。こちらの線路も斜面の中腹だから、この線路は谷を上るように作られた。その谷間が途切れると、列車は森や切り通しをすり抜けて、次の谷間に顔を出す。
森と切り通しを通り抜ける
さほど険しい道でもなく、トンネルのような大工事は行われなかったようだ。つまり、古く、予算が限られるなか、がんばって線路を通したという事情が読み取れる。いまならすぐにトンネルを掘るところ、森の中を通り抜ける景色は珍しいかもしれない。男性客が代わる代わる席を立ち、運転席の横から前方を撮っている。
何度目かの森を抜けて、開けた景色になった。建物も多い。列車は速度を落とし、ゆっくりと加茂中駅に進入、停車した。列車がすれ違える駅だ。保線基地があるようで、除雪仕様のモーターカーがある。手前の南宍道駅までが松江市で、この駅から雲南市である。
雲南市最初の駅、加茂中。神話界の入り口
駅名標の隣に事代主命を説明する看板が立つ。ことしろぬしのみこと。大国主命の御子神で、国護りで活躍されたという。そうだ。ここは出雲の国。木次線には4月から11月まで、奥出雲おろち号というトロッコ列車も走っている。女性の旅の目的地はスイッチバックではなく、ヤマタノオロチ伝説の方だ。観光客だけではない。沿線で出会う人々は、神々に尽くした人々の子孫だ。
私は神話の里にやってきた。それは木次線を語る上で重要であろう。
-…つづく
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