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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第613回:高知港の片隅へ − とさでん交通 桟橋線 −

更新日2017/01/19


壊れたキャスターバッグを引きずって歩き、高知駅前のとさでん乗り場に向かう。とさでんの路線図は十字型。ここは南北方向の桟橋線が発着する。行き先は桟橋五丁目と桟橋車庫と枡形だ。枡形は伊野線の駅で、はりまや橋交差点を右折する。枡形行きは朝の混雑時間帯だけ設定されている。高知県庁と高知市役所へ通勤するための運行系統だ。

高知駅前電停は線路が2本。どちらも路面電車に合わせた低いプラットホームに囲まれている。2番線に枡形行きが停車中で、あれに乗ってはいけない。1番線に到着した電車が高知駅の行き先を掲げており、しばらくして桟橋五丁目の表示になった。これが乗るべき電車である。


高知駅前電停から再びとさでんの旅

電車の車体にアンパンマンのキャラクターが描かれている。JR四国は各方面にアンパンマン列車を走らせているけれど、高知県では土佐くろしお鉄道と、とさでんのラッピングが加わる。高知県は原作者のやなせたかし氏が少年時代から青年時代まで住んでいた。後免の開業医だった叔父宅で育ったそうだ。なるほど、だから後免と後免町に思い入れがあるわけだ。

高架駅となった高知駅を背にして、路面電車が動き出した。駅前に通じる広いとおりの中央に、路面電車用の複線がある。上下の線路の間に細長い架線柱が並んでいる。華奢な作りで、強い風が吹いたらやじろべえのように揺れそうな気がする。白くて目立つけれど、道路脇の歩道の街路灯も白い。町全体としてはスッキリとして清々しい風景だ。


線路の間に未来的外観の架線柱が立つ

電車は高知橋を渡った。下の川は江ノ口川といって、高知城の北側を通り、外堀として使われた。そのまま大通りを直進するとはりまや橋だ。はりまや橋も高知城の堀に架けられた橋である。

桟橋線の電停は交差点の向こう側にあり、線路に芝生が和えられている。緑化軌道といって、景観や環境、自動車の進入防止などの意味がある。白い架線柱はこの先も続き、緑化軌道と組み合わせると、それまでの路面電車とは雰囲気が変わる。路面でトラックやマイカーと並ぶ野暮ったさが消えた。周囲に白い建物が増えたせいか、建築模型の中にいるようだ。


はりまや橋交差点の先は緑化軌道

緑化軌道はすこし左に向きを変えて、大きな川を渡った。こちらは鏡川。2008年に環境省の“平成の名水百選”に選ばれている。元々は潮江川といって、高知城の建設の際に外堀の役を担った。二つの川の河口付近にある城だから、当時は河中城と名付けられたという。それが変遷して高知城となり、城下町として高知は発展した。鏡川の名は5代藩主山内豊房。坂本龍馬が泳いだ川としても知られている。

鏡川を渡ると風景が変わった。緑化軌道は終わり、線路の間の架線柱が消えて、空に電線が張り巡らされている。街灯や標識の柱は焦げ茶色だ。歩道には街路樹が続いている。これは別の情緒を感じたけれど、大きな交差点を過ぎるとコンクリート柱となった。街路樹は続いているとはいえ、やや殺風景である。


緑化軌道が終わると茶色の電柱、街路樹に溶け込む

線路はまっすぐ。正面に山が迫り、その手前に工場のプラント施設が現れた。港か海に出るかと思っていたから、意外な眺めである。予想とは違う景色の展開もまた楽しい。電車は広い通りを進む。軌道の両側を行き交うクルマの数も多い。青い道路案内板に、桂浜11km、高知港1.5kmの文字。海には近づいているようだ。

電車はそのまま工場に向かっていく。前方を眺めて、終点はあの工場に突き当たるあたりかな、と思ったところで、右へ分岐する線路が見えた。別れた向こう側を見やると電車の車庫がある。そして電停の名は桟橋車庫前。そうだ。ここも電車の行き先の一つだった。


正面に太平洋セメントの工場が迫ってくる

クリーム色の車体に青い帯、緑色の屋根の電車が並ぶ。この色使いがとさでんの基本色のようだ。その奥に欧風の車体とレトロ調の車体が見える。電車たちは広い敷地の半分くらいの数だった。8時半過ぎで、まだ多くの電車が稼働しているようだ。

桟橋車庫電停の先に、広い五叉路の交差点がある。その先が終点の桟橋五丁目電停だった。線路は1本にまとまり、最低限の折り返し設備である。そこには小豆色の電車が停まっていて、こちらに向かって動き出した。駅が空いたから、こちらの電車も前進する。交差点の真ん中で電車がすれ違う。ランナーならハイタッチする場面かもしれない。


桟橋車庫、とさでん交通の本社も隣接する

線路の終端はコンクリート製の車止めが据えられている。プラットホームは両側にあり、乗車側と降車側に分けられている。線路終端の向こう側に小さな建物があって、駅舎かと思ったら海事事務所だった。郵便ポストがあり、アルミサッシの引き戸にも郵便マークがある。切手くらいは売っているのかもしれない。

海事事務所とは、いかにも港らしい建物である。しかし何をする場所かわからない。海事代理士の氏名と電話番号が書いてある。海事代理士とは、船舶の登記、検査の書類、船員に関する雇用関係の手続きをする仕事だ。海の行政書士と言われている。


終点の桟橋五丁目電停、コンクリートの壁は防波堤

海には海の法律がある。物語が生まれる予感がする。しかし海事代理士が主人公のドラマはないな、と思う。スマホで調べたら、マンガ原作者の田島隆氏が海事代理士で『ナニワ金融道』というマンガの海事代理士編にネタを提供しているらしい。『ナニワ金融道』は知っているけれど読む機会がなかった。読みたい本リストにメモしておこう。

ところでここは桟橋のはずだけど、港らしくない景色である。電車は山の麓、工場プラントに向かってきたけれど、終点に着いてみたら、もっと遠くにあるようだ。気になるところは線路の脇のコンクリートの壁である。ここに上れたら何かわかるかもしれない。


覗いてみたら小さな桟橋だった

交差点に戻り、壁伝いに右へ曲がる。“板垣退助邸跡 1km”という看板がある。自由民権運動の板垣退助だ。そんな重要な場所なら下調べしておくべきだったか。いやまて“邸跡”というと、たぶん小さな石碑だろう。邸が残っているわけではない。ゆかりの地とわかっただけでよしとしよう。


帰りは桟橋車庫前から乗った

その看板の側に鉄製の小さな階段があった。ここから壁に上れる。上がってみたら、これは壁ではなく堤防そのもの。向こう側は運河だ。釣り船だろうか、小さなボートが係留されている。たしかにここは高知港の片隅だった。向こう岸に路面電車の屋根が見えた。


板垣退助と自由民権運動の遺構が多い町だった

-…つづく

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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