第631回:航空機の搭乗経路 - 山梨リニア実験線 2 -
実験センターの扉が開いた。アスファルトの広場があり、門扉から建物まで青色にペイントされている。自然に建物の入り口に向かうデザインだ。脇に記念写真の看板があった。リニア車両の客室窓から顔を出すデザインだ。簡単には入れない場所だから、母と窓枠に収まり、シャッターを押してもらった。飯田の老夫婦の流儀で「遺影にしよう」と言い出しそうになる。もちろん口には出さない。
リニア実験センターの駅舎、白と青が基調だ
正面の建物はリニア中央新幹線の駅を模しているようだ。全面ガラスの向こうに搭乗券発見機が見える。鉄道と言うより、航空機の雰囲気である。そこは入り口ではなく、左側を向くと自動ドアがある。中に入るとすぐに荷物検査場があった。まるで空港だ。カゴに鞄を載せ、ポケットの中身をぶちまけてゲートを潜る。
せっかく用意してくれたからやってみよう
鞄は口を開けるように指示される。係員がペットボトルのフタを開けて匂いをかぐ。かなり念入りだ。2ヵ月前、東海道新幹線でガソリンを持ちこんだ老人が焼身自殺を図るという大事件が起きた。新幹線も荷物検査をすべきだという議論が起きている。液体検知センサーの開発を……という声もある。うっかりミスは機械で防げるけれど、死にたい人を停める装置は難しいと思う。
荷物検査場
問題がなければ、さっき見えた搭乗券発見機へ。タッチパネルに予約番号と電話番号の下4桁を設定する。予約したときに、固定電話と携帯電話のどちらを使ったか忘れた。固定電話では失敗。携帯電話を打ち直したらOK。母と私の搭乗券がプリントされた。搭乗券には2次元バーコードが印刷され、搭乗口を入るときに使う。ますます旅客機方式である。
将来の営業運転もこの方式だろうか。現在の新幹線に比べると面倒だし時間がかかる。せっかく品川~名古屋間を40分で走っても、大深度地下へ行き、この手続きをすると駅で20分くらいかかりそうだ。テロリズムへの警戒心が高まり、安全に配慮したい気持ちはわかる。しかし、現在の新幹線のような、発車間際に乗れるスピード感は失った。いま、東京~名古屋間はのぞみで1時間40分ほどだ。もともと短時間だけに、数分程度のロスタイムが気になる。
搭乗券を入手
搭乗券を受け取って10歩ほどでゲートがあり、2次元バーコードをかざす。ママゴトみたいな様子だけど、こうした手続きの流れも営業に向けた“実験”の一環だろう。搭乗ゲートの向こうにプラットホームも車両もない。大広間があって、パイプ椅子がズラリと並んでいる。ここでリニアの紹介や禁止事項の説明を受けるようだ。「講習を受けないと実車には乗れませんよ」という仕組み。これはもちろん体験乗車の行事で、営業運転ではやらないはずだ。
赤白の点線が実験線。開業時のルートの一部になる
説明会が始まるまで、壁の掲示物を見物する。超電導リニアの原理、リニア実験線の紹介、安全性についてなどのパネルが並ぶ。ギネス世界新記録の認定証が二つあった。2003年の時速581kmの世界一と、2ヵ月前、2015年4月21日の時速603kmの認定証だ。もちろんどちらも世界一。自己新記録の更新であった。営業運転は時速500kmの予定だけど、性能としては時速600kmを目指し、余裕を持った時速500kmで運行させたいという。そんな記事を読んだ気がする。
乗車前に説明会
印象に残った展示物は、リニア中央新幹線の全体地図であった。インターネットでも公開されていたかもしれないけれど、改めて眺めると驚く。全区間285.6kmのうち、リニア実験線の長さは42.8km。すでに1/8以上の軌道は完成している。実際には諸手続、長いトンネルの難工事などがあるからそう簡単ではないけれど、地図上では着々と進んでいるような気がした。
乗り場へ向かう通路
説明会が終わると、いよいよ搭乗だ。空港の搭乗橋のような細長い通路を歩く。高いところに明かり取りの窓があるほかは白い壁。空港の搭乗橋なら飛行機の機体が見えて気分が盛り上がるところだ。しかし外は見えない。仕方ない。ここはレジャー施設ではないし、開業したら駅は地下で窓もないはず。搭乗口は厚い壁で囲まれている。車体は見えず、ぽっかりと乗降口が開いている。これも飛行機と同じだ。
航空機の搭乗口にそっくり
座席は2列×2列の配置。背もたれの形状が複雑で、背後から見ると厚みがあるように見えて、真横から見ると腰の部分が薄い。最近の航空機のエコノミークラスは全体的に薄いから、肩から頭にかけてクッションを厚くした感じだ。清潔感はあって高級感はなく、さりとて座り心地は悪くない。そして、航空機と違ってシートベルトがない。
座席は簡素な作りだ
座ってから発車まで、しばらく時間がある。営業列車ではないから、全員の着座と安全確認を実施しているようだ。車内に緊張した雰囲気が生まれる。リニア実験線の駅は全路線の中央付近にあり、まずは東京方面へ向かって折り返し地点に行き、端から端までを1往復して戻る。座席の向きは固定されているから、行程の半分は後ろ向きだ。
いよいよ発車だ。磁気浮上式列車の挙動はどうなるか。ふわりと浮くか、あるいは低速時の車輪を格納した瞬間、車体の重みで少し沈むか。どっちだろう。
出発前、窓からの景色
-…つづく
|