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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第620回:夜から朝へ − 寝台特急北斗星 3 青函トンネル −

更新日2017/03/09


寝台特急北斗星は夜の東北本線を北上している。私とSさんはロビーで、進行方向左手のカウンター席に座っている。車窓は闇。大きな道路沿いに街灯が点々と続いている。列車の窓の明かりを映して、線路際が少し明るい。ときどき車窓全体が明るくなって、駅を通り過ぎたとわかる。ロビーも人数が減り寂しくなってきた。落ち着きを取り戻し、寝台列車らしくなったというべきか。

23時28分に仙台着。約2分の停車だ。夜行列車は途中の駅に停まって、丁寧にお客を拾い、降ろしていく。夜遅く、福島や仙台から乗る人にとっては、北斗星は実用的な列車だっただろう。飛行機やバスでは移動しにくい区間も、北斗星なら直行できる。夜行列車は必要ではないかとあらためて思う。

定刻に仙台駅を発車したと思ったら、すぐに停まった。私たちを含めて、ロビーがざわつく。事故だろうか。この列車の事故ではなくても、他の事故の影響で停止信号が出る場合もある。車内放送を控えている時間帯だ。情報がない。
「どうしたんでしょうね」
「誰かが降りて撮影して、扉が閉まっちゃったんでしょうか」
そういえば、上野駅発車後から、車内放送のたびに車掌さんが繰り返していた。「停車時間が短いのでホームに降りないで」と。函館駅の機関車交換のことを指していると思ったけれど、まさか、1分や2分の停車駅で、ホームに出る人がいるとは思えない。しかし、これはそのまさかだったと、後でロビーにいた人に聞いた。

遠くに汽笛が聞こえて、列車が静かに動き出した。数分だったと思うけれども、長い時間に感じられた。なんとなくしらけてしまい、私たちも個室に引き上げた。次は青函トンネルで会いましょう。目覚めたらの話ですけどね……。


寝る前の景色

暗やみの中で目覚める。真っ暗だ。そうだ。北斗星に乗っているんだっけ。もう少し寝るか。いや、まてよ。何時だろう。窓辺に置いたスマートホンの画面を見る。4時を過ぎていた。4時間くらい眠ったようだ。カーテンを開ければ真っ暗である。前方の線路がロビーの明かりに照らされている。ときどき、雪の塊が現れては消えていく。


青森市街

もう少し眠ろうかと思ったら、列車が減速した。大きな道路を高架で超えて、車窓に建物が並び始めた。大きな街に来たな、と思う。減速が続き、いくつもの分岐器を通る様子が伝わってくる。明るいホームが現れた。駅名標がまぶしい。眼鏡をかけ、カメラを構える。あおもり。ああ、青森駅か。ここで機関車を交換して、いよいよ青函トンネルだ。

そう思うと眠気が失せていく。身支度を調えて個室を出ると、廊下でカメラを構えている人がいた。青森駅は機関車交換のための運転停車で、乗降ドアは開かない。降りる用事はないけれど、降りてはいけないという状況は閉じ込められた感がある。非日常の寝台列車で、非常な体験。それは愉快だ。ロビーに行くとSさんがいた。青函トンネルの待機だろうか。さすがだ。


青森駅に到着

青森駅発車後のお楽しみは、青森車両センターの通過だ。トワイライトエクスプレス用の機関車が停まっている。かつて北斗星に使われた機関車もあった。塗装は青地に金色帯だけど、流れ星のペイントがない。いまはこの姿のまま、コンテナ貨車を牽いている。

「北斗星に新しい青い機関車が連結されたとき、これで北斗星は完成したなって思ったんですよ」とSさんが言う。青い機関車、EF510形500番台は2010年から北斗星に投入された。北斗星誕生から22年目の年だ。私は「もしかしたら新しい客車を作るかもしれない」と期待した。しかし客車の新造計画はなく、北斗星は北海道新幹線と交代で終了する。この機関車はJR東日本からの手向けとなった。北斗星の完成形は5年足らずとなりそうだ。


青森車両センターを通過

ロビーに乗客が集まる。青函トンネル通過を楽しもうという人々だ。青函トンネルに入る前にいくつかトンネルがある。いつ青函トンネルに入るだろう。暗いからトンネルの外か中かもわからない。かろうじてレールの響きでわかる。ここかな。いや、外に出たぞ。

そんなやりとりの中で、「もうすぐ“はまなす”すれ違うはずなんですが」とSさんが言う。その予言の通り列車とすれ違った。青森行きの夜行急行はまなすだ。この列車も北海道新幹線の開業に伴って廃止される予定だ。まだ具体的な時期は発表されていない。
「このタイミングですれ違うと、こちらが定時より10分ほど遅れていますね」
とSさんが解説してくれる。ありがたい。Sさんには腹時計ならぬ北斗星時計が埋め込まれているに違いない。

「明日、はまなすのB寝台で帰るつもりです」と言うと、
「はまなすの寝台車の最後部から北斗星とのすれ違いを眺められますね」と言う。
 下り北斗星は青森〜函館間で編成の向きが逆になり、最後部が電源車になってしまう。寝台車の最後部は連結面に窓があって、去って行く景色を眺められる。Sさんは北斗星だけではなく、はまなすやカシオペアにも乗っている。青函トンネルのエキスパートと言ってもいい。


Sさんが描き始めた

Sさんは札幌滞在時のオススメコースを教えてくれた。
「藻岩山にはおもしろい仕組みのケーブルカーがありますよ、こんなふうに……」
Sさんはポケットから小さな紙を出して描き始めた。おっと、画家がこんなところで描いてしまうのか。三角のフレームで、ロープウェイのゴンドラのような乗りものを吊している。水平を保つ仕組みだろうという。私はありがたく紙片をいただいた。コンビニのレシートの裏だった。帰ったら小さな額縁を買おう。
「夕方に苗穂駅へ行けば、上りトワイライトエクスプレスの写真を撮れますね」
Sさんもときどき北斗星を眺めに行くという。彼にとって北斗星とはなんなのか。見届ける使命感、と伺ったことがある。


竜飛定点を通過

いつしか長いトンネルに入り、どうやらこれが青函トンネルだとわかった。竜飛海底駅を通過。1年前に駅としての役割は終わり、正しくは竜飛定点だ。かつては青函トンネル見学のため乗降ができた。現在は避難通路として使われている。この先、もっとも深いところは緑色のライトがあるという。


吉岡定点を通過

しかし、いつまで経っても緑色は現れない。ロビーにいた全員が見落としたはずもなく、確認できなかった。おかしいな、なくなっちゃったのかなと話していると、吉岡定点、元吉岡海底駅を通過した。緑色のランプがなくなったとは寂しい。新幹線から目撃できて、思い出になると思うけれど。


北海道に上陸

5時半を過ぎて、我らが北斗星号は北海道に上陸した。景色が少しずつ明るくなっていく。漆黒から濃紺、群青色へ。日の出前のこの景色は、夜行列車ならではの車窓風景だ。左手に新幹線の高架が見えて、木古内駅を通過する頃には、かなり明るくなっていた。

北斗星に朝が来た。北海道に朝が来た。


木古内駅を通過
新幹線駅舎が見える

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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