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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第638回:鬼太郎列車に再会 - 境線 -

更新日2017/07/13


中国地方の路線は乗りにくい。未乗路線の空白地帯をどこから攻めるか。考えあぐねて手つかずだった。2012年、あるドラマのロケ地を訪ねたくて山陰に行き、JR西日本で営業成績最下位の三江線に乗った。三江線はいま、まさに廃止論議が起きている。

その三江線の騒動のおかげで、木次線に乗る機会ができた。木次線の営業成績は下から2番目。三江線が廃止されたら、次は……。そんな危機感が地元自治体にある。そこで、雲南市から私に声をかけていただいた。私がローカル線廃止問題や観光列車について書いた記事を読んでくださったという。こちらとしても廃止危機路線の沿線自治体に取材する機会ができた。


羽田発のANA便、機材変更で翼の上に……。スターウォーズジェットがいた

木次線に行くとなれば、境線に寄りたい。10年前にM氏と全区間を乗ったけれど、その後、米子空港の滑走路延長に伴って、線路の一部が迂回している。ついでに乗るという行為にはちょうどいい。10年前の境線乗車は雨天の夕刻。境港駅前で食事をして折り返した。こんどは日中に乗りたい。境港駅近くの水木しげる記念館も気になる。水木先生は2015年11月30日に亡くなった。雲南市から私への打診は、水木先生の訃報の直後だった。

2016年3月21日。羽田空港発13時15分のANA1087便で米子空港に着いた。使用機材の変更という珍しい経験をした。予約した座席番号は同じ。しかし翼の真上になってしまった。ボーイング767型。羽田から米子までは快晴のフライト。空から地上を眺められず残念である。


旋回中に見えた米子空港。滑走路を奥へ延長した

翼にはJA602Aと書いてあった。2年前までモヒカンというあだ名の昔の全日空塗装で飛んでいた機体だ。その頃に乗りたかったけれど、私がモヒカン塗装を目撃した場所は、糖尿治療で入院した病棟の窓だった。

767型機はいったん米子市上空を通過して、右旋回して米子空港へ降りていく。米子空港は砂嘴の弓ヶ浜半島にあり、西岸から東岸まで横断するような配置だ。滑走路の西岸は海。こちらを埋め立てるより、東岸に伸ばしたほうが安上がりということか。旋回中の傾きのおかげで伯耆大山が見えた。雲は少なく、頂の冠雪もよく見えた。境線の車窓も期待できそうだ。

機内アナウンスによると、定刻より10分はやく到着したそうだ。14時35分に到着ロビーに進み、預けた荷物はないので小さなターミナルビルを出る。目の前にバス乗り場。しかし私は建物に沿って右へ向かって歩く。境線の迂回ルート整備の時に、大篠津駅を空港ターミナルそばに移転して、米子空港駅になった。


米子空港駅まで徒歩5分。国道を渡る橋はエレベーター付き

ターミナルビルから駅舎まで屋根付きの屋外通路が通じていた。国道を渡る歩道橋から、伯耆大山や空港や街並みが見える。ここはちょっとした展望スポットだ。歩いてみたら5分ほどだった。建物はつながっていなくても近い。羽田空港の京急やモノレールの乗り継ぎよりも短く、便利な空港と言える。

それにしては、列車と航空便の接続はよくない。次の米子行きは15時37分で約1時間後だ。私は14時59分の境港行きに乗れるけれど、これは飛行機が10分早かったおかげ。飛行機が定刻で、機内に荷物を預けていたら間に合わない。次の境港行きは15時57分だ。


待合室からホーム方向。まるで庭園のよう

米子空港駅はホーム1本の質素な無人駅だ。ホームは4両ほどの長さ。線路に面して向かい側は木立が並び、米子寄りに歩くと伯耆大山が見えた。機内アナウンスによると米子の気温は11度。ここは日当たりも良く、駅舎の中にいるより良い眺め。やがて、ゆるいカーブの向こうからディーゼルカーが現れた。ゲゲゲの鬼太郎ラッピング車両。正面は子泣き爺だ。伯耆大山の麓から現れたように見える。


伯耆大山と鬼太郎列車

車内も妖怪だらけ。放送もアニメのキャラクターの音声だ。乗客は多く、座席はほぼ埋まっている。今日は春分の日で3連休の最終日だ。日和もよく、観光には好都合である。線路はここから境港駅まで一直線。車窓左手は田畑。右手は住宅が並ぶ。晴天で見晴らしが良い。10年前の景色の記憶は清々しく上書きされた。

15時14分に境港駅に着いた。水木しげるロードを歩き、水木しげる記念館へ向かう。閉館が17時、見学に1時間を見込むと、少し早歩きのほうがいいようだ。道に沿って妖怪の像が並ぶ。私はイングレスという位置情報ゲームで遊んでいて、妖怪像のほぼすべてがポータルという登録スポットになっている。これもいまは無視。夜中でもできる。


水木しげるロードを歩く
建物のほとんどが昭和レトロ

商店街では甘い物などを売っている。要所に妖怪の着ぐるみが立っていて、観光客が集まっている。街ぐるみのおもてなし。誘惑が多いけれど、帰りに寄るつもりで歩いた。それでも好きな妖怪を見かけたり、水木先生ゆかりの像で立ち止まったり。約20分で水木しげる記念館に到着。入り口に水木しげる先生の等身大の写真があり、まずは記念撮影だ。


鬼太郎発見

記念館の展示物は予想より多く、NHKのドラマ『ゲゲゲの女房』のセットなどもある。じっくり見て回ると1時間では足りない。水木しげる先生は、漫画家であり、作家であり、妖怪研究家、そして旅人でもあった。世界各地の先住民を訪ねる様子が興味深い。作品は本になっているけれど、この資料はここだけだろう。


記念館前に砂かけ婆がいた
昼頃に妖怪パレードがあったらしい

インタビューなど映像も見届けた。心に残る映像があった。水木先生は境港の水木しげるロードの誕生をとても喜び、妖怪像のひとつひとつを撫で回し、魂を込めていた。ここまで私が眺めていた像を先生が触り、つまり、あの道を先生も歩いた。そう思ったら、帰り道も楽しくなった。同じ気持ちだろうか、見知らぬ観光客同士が、鬼太郎やねずみ男と記念写真を撮り合っている。私もシャッター役を引き受け、そして私も撮ってもらった。

観光客に声をかけていた土産屋のほとんどは閉まっていた。おかげで寄り道も散在もしなくて済んだけど、もう少しがんばればいいのに、とも思った。ともあれ、帰り道も急がなくてはいけない。境線の迂回区間にはまだ乗っていない。明るいうちに乗るには、17時台の列車に乗りたい。


境港駅前で水木先生が執筆中

境港駅に着くと、まさに米子行きの列車が出発するところだ。駅員は次の列車を待てという。私も1時間後の列車を待ち、10年前に入った店で休もうと思った。ところが、ワンマン列車の運転士が何度もホイッスルを鳴らしている。こちらを見て招いているようだ。

私は小走りでホームを進んだ。ありがたい。これで、迂回区間を明るいうちに乗れる。発車は少し遅れたかもしれない。しかし、途中駅ですれ違うとき、運転士が、対向列車が2分遅れていると放送した。私のせいで遅れたわけではなさそうで良かった。


明るいうちに迂回線路を通って目的達成

無事に滑走路の端を眺めた。伯耆大山が傾く日差しに照らされていた。明るいうちに米子着。今日はここで泊まる。駅前のホテルにチェックイン。さて、明日の本番に備えて英気を養いに行こう。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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